狂犬外伝

□未来人2
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黒人社会で流行っていた、小さい掛け金が、当たれば大きく返ってくる、ポリシー(白人社会では黒人と同じ呼び方に抵抗があるので、ナンバーズとした。以後はナンバーズで統一して書く)という賭事があった。好きな数字を選び、当たれば配当金が配られる。貧しい黒人社会の中で、その掛け金のあまりの安さに、それこそ子供まで気軽にやっていたんだ。つまり、胴元である黒人マフィアには莫大な金が集まった。

当時は人種差別が酷く、黒人と白人は憎しみに近い感情で対立していた。サム・ジアンカーナは、そのナンバーズのノウハウを欲しがった。しかし、アングロサクソンから差別されていたイタリア系とはいえ、黒人から見たらイタリア系も白人という括りに近く、また当時のイタリアンマフィア幹部は、黒人を格下に見ていた。

ジアンカーナは、刑務所で服役していた時に知り合った、黒人ギャングの伝を頼り、誠実さと金を使い、黒人マフィアと協力体制を打ち立てた。

そう。一介のただのイタリアンマフィアの管理職から、ジアンカーナはボスの座につく金蔓をものにしたんだよね。

暗い戦時中の、配給制の未来が読めない時代に、人々はナンバーズに夢中になり、それはジアンカーナの読みの通り、莫大な金を生んだ。

しかし、一度は協力体制を組んだ黒人マフィアと、ジアンカーナは衝突する。黒人マフィアが、イタリアンマフィア側の領土というか、まあ地元でね。かなり生意気な、敵意のある態度を取り始めたからだ。

もうすっかりナンバーズのノウハウも頂いたし、そんな危険分子を、大事な地元に出入りさせる馬鹿はいない。

それに黒人マフィアは、結束力が弱かったのかも知れない。

ジアンカーナはナンバーズの胴元を、簡単に拉致監禁し、ナンバーズの権利を無理やり譲らせ、海外にオサラバさせた。そして、その姿を最後に、胴元を見た者は居ないという事らしいから、海外で殺したんだろうね。

後はナンバーズの主要黒人達に圧力を掛けたり殺したり、末端まで締め付けて乗っ取り。丸々組織をジアンカーナはモノにした。

次にジアンカーナは、もっと金を稼ごうと動くんだ。

ショービジネスを完全にモノにする為。戦争が終わった時代を見据えて、ジアンカーナはジューク・ボックスの独占会社を設立した。中に入れる曲は自由に決められる。つまり、街角から流れる曲は、ジアンカーナの好きに出来たのだ。

曲がヒットするには、人に聴いて貰わなければならない。

新人をデビューさせるにしても、ジアンカーナにお金を払わなければならなくなった。

店で、街角で、遊び場で、何度も繰り返し聴く事によって、ヒット曲は生まれる。



「う〜ん」

椅子にもたれて、図書室の天井を僕は見上げた。

ここまで僕は考えて、サム・ジアンカーナって人の考え方に、素直に「凄いなぁ」と思えた。ジアンカーナの行動は、全て金をどう稼ぐかの一点で、人間の欲望の擽り方を良く知っている。

暗い時代には一獲千金をちらつかせ、明るい時代には音楽(ショービジネス)! 経営者としては、手段は褒められないけど、着眼点は一流じゃないんだろうか…。

まあ、組織内のやっかみも、色々あっただろうけど。稼げない奴につくよりは、稼げる奴につくよね。ちゃんと分け前をくれるボスなら、喜んでついて行く。

僕にはさ、僕のバックヤードを見て、胡麻を擦る大人や子供もいる。でも僕の本当の現実は、悪戯好きな、ただちょっと特殊だけど、社会的に無力な子供だってのにね。力というか、お金があるのは祖父やママのお陰だし。

僕は、たまに自分を振り返る時、子供ながら、孤独というか、色々考えちゃうんだけど。

このサム・ジアンカーナって人、独り、だったんじゃないかと思ったんだ。

孤独よりも、独りって感じ。

孤独はまだ楽しめる余地があるけど、独りって本当にヒトリって気がする。

弱肉強食みたいな、稼げなくなったら仲間内で殺される世界で。元々ヒットマンなんかしていたから、そんな法則や力関係には敏感だったろうし。ボスになりたいのもあっただろうけど、保身の為の行動が、お金を稼ぐ事っていうかね。

もう漠然と、最初は貧しかったから金が欲しい→組織に殺されたくない→生きる為に金を稼ぐ→金が生き甲斐→ボスを目指すって感じでさ。自分の立ち位置を、強がってっていうか、タフでいたいプライドで見ない振りして、前を向くみたいでしょう? 実際タフだと思うけどね。

1950年代になると、ジアンカーナの商売国はタイから中東にまで広がっており、それは薬から武器、石油にプラスチック、女に自販機と商売の幅も広がっていた。

それよりも驚く事に、CIAやFBIとの繋がりさえも築き上げ、その機関の為の殺人など、汚い仕事をジアンカーナは請け負ってさえいた。

さて。ここでケネディとの繋がりが、また出来るのだけれども…。

ジョセフ・ケネディは、マフィアの関係者として商売していたけれど、マフィアに所属しては無かった。

しかし、2人の息子が政治家の道に進んでからは、逆にマフィアを見下していた節もある。

マフィアの協力に対して、それなりの見返りさえ返さなくなったジョセフ・ケネディのやり方に、マフィア幹部からは不満が出ていたが、ちょうど組織は拡大期に入っていて、それは些細な事とされていた。

ともかく、この時期、ジョセフ・ケネディは、息子の明るい未来の為に、マフィアから離れようとしていたんだ。



商売とは権利の取り合いだ。

簡単に言えば、権利を取った方が勝ちだ。

アメリカという国は契約社会であり、それが特に酷かった。

ジョセフ・ケネディはある大物マフィア幹部と、仕事での権利争いをする事になった。なあなあで上手く治めれば良かったのに、その対立は激化してしまったのだ。

しかも、そのマフィアは、全く知らない相手ではなかった。

ジョセフ・ケネディと長年の知り合いであり、以前は商売でも協力しあっていたそのマフィアの、だからこその、今までの不義理の積み重ねの怒りは凄まじく…。

ジョセフ・ケネディは何度も命を狙われ、自分には彼からのヒットマンがついているのだ、と嫌でも自覚するのも早かった。

結局ジョセフは、息子の未来よりも、自分の命を取り、あんなに下に見ていたマフィアに……その時にはシカゴマフィアの大ボスであったジアンカーナに、泣きついた。

だが、その事の少し前から、ケネディ兄弟の次男であるロバート・ケネディの動きが、ジアンカーナの気に障っていた。

その行動により、正義の味方!政府の切り札!若々しい行動力!ハンサム!大金持ち!…と呼び名も高かった若手政治家であり、弁護士でもあったロバート・ケネディ。

だが本当はあまり頭の良くない、理想に突っ走る顔だけの若造っていう位置のロバート・ケネディ。彼の大学時代の成績は、悲しい事にあまりよろしくなかったんだよな。ジョンも大学は裏口入学に近かったけど、その後は自力で努力して、卒業までには良い成績を修めてたけど。

ロバートは、ケネディ家に関係のある、全てのマフィアを壊滅させ、自らの一族を、純白で美しく、高貴で潔癖なイメージにしようとしたのか…これは僕には判断がつかないけど…。まるで家系の汚点を、力ずくで白く塗り潰すような行動に出ていた。

そう、マフィアの摘発に着手していたんだ。

当時、マフィアの存在を知るのは、一部の華やかなショー業界などでしかなかった。

大多数を占めていた、農業などに従事していたり、繁華街ではなく、極普通な街で生活をしていた人々は、マフィアという組織を知らない場合が多かった。

ロバートはマフィアという組織を、表に出していく活動をしていたのだ。

決定的になったのは、ある全国放送の番組だった。

分かりやすいドキュメンタリー風のそれは、何人かのゲストが呼ばれ、ディスカッションも交えて進行していくモノだった。

ここで、ロバートは…いや、ケネディ兄弟は、ある政府側の大物を敵に回したのだ。

ジョン・エドガー・フーバー。

FBI長官。8代の大統領に仕えたミスターFBI。

ケネディ兄弟は、フーバーの頭の硬さが嫌いだったらしい。

フーバーは、競馬の出来レースを、ジアンカーナ達に教えてもらい、それで儲けていた人物だった。マフィアから金は直接貰わず、しかし幾ら儲けるかは、フーバー次第な出来レース。この用心深い検挙率に拘る男は、マフィア組織に首を突っ込みたくはなかった。何故なら突っ込んだら最後、検挙率は低下するからだ。

FBI長官であるフーバーは、その番組でこう言った。

「マフィア? 組織? ある筈がない」

しかし、空気を読めない奴はいる訳で…。

簡単に言うと、あるカリフォルニアの大ボスが稼げなくなって。その組織のナンバー2と争ってたんだけど。何度もの殺し合いでも決着がつかない、膠着状態になった。身の危険を感じた大ボスが、暗殺集団を良い条件で傘下につけ、ナンバー2を殺させたんだよね。

自分の威信を示すために、目立つように残忍に、虐待の限りをつくした華々しい遺体を、発見しやすく遺棄したんだ。

世論は、
「マフィアはいる!」、
「それもこんなに残忍だ!」、
「FBIはどうした!」、
と凄い騒ぎになった。

メディアは掌を返したように、マフィアの嘘も混ざった実態を報道し、フーバーは焦った。

でね、慌てて『実はファイルは存在していた』と発表したんだよね。

これで縁は切れるかと思っただろうが、マフィアとフーバーは、しかし、もっと深く繋がる事になった。

やっぱり共通の敵(ケネディ)がいたら、団結しちゃうもんだろうから。




一応、知っていたらよく分かる事なんだけど。

アメリカの大統領は、ルーズベルトから後は、マフィアの金で当選してるんだよね。どんなに綺麗事を言ったとしても、裏はグダグダなんだ。なんせ、政治はお金がかかりすぎるから。
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