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□Heart to Heart
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「なぁ、日向」
「なんだよ、音無。そんな辛気臭い顔して」
「その…本当にお前はそれで良かったのか?」
「何度も言わせるなよ、俺はもうとっくに決心ついてるぜ」
「日向…」
「お前みたいなやつを置いて消えるわけにもいかないだろ?それに、前にも言ったろ?俺はお前を気に入ってるってさ!」
「お前…」
「なぁに、そう照れるなって!」
「…やっぱり」
「ん?」
「…やっぱり、これ…なのか?」
音無が含みのあるポーズを取ると空気がピシャリと凍り付いた。
「だから、ちげーーよ!!なんでそうなるんだ!!今までのこの流れでっっ!!」
「違うのか?」
「違うっつーのーー!!なんだもう、この馬鹿音無!!空気を読め!!」
「なんだよ、人の事馬鹿呼ばわりまでして」
「はぁ…全くこいつときたら…もういい」
日向はわざとらしい盛大な溜息をつくと、肩を落とした。
二人を残したグラウンドはオレンジと黒が混ざり合い、やがて来る夜を静かに誘おうとしている。
「さーて、そろそろ戻るか。なぁ、ひな……日向?」
「え、あ?ああ、わかった!」
「…日向?」
「ハハッ、なんでもない、なんでもないからさ」
「?」
「行こうぜ、音無」
日向は音無の背中を押すと、彼の後ろを歩き始めた。
「……」
日向は先程から一言もこちらに向かって喋り掛けてこない。
確かに、日向にだってまだ気持ちの整理は付いてないはずだ。
いくら言葉や表層を取り繕おうとしても人はそんなに強い生き物ではない。
しかし、こんな時に掛ける気の利いた言葉の一つも思い浮かばない自分が悔しい。
途端、後ろの日向の足音がピタリと止まった。
「ひな…」
日向の方へ振り向こうとした瞬間、音無は突然、背後から日向に抱きしめられた。
「日向…?」
少し震えたその腕は自分の首筋をそっと包み込む。
「おい…大丈夫かよお前」
「あぁ、大丈夫さ」
「大丈夫って…なぁ」
「っ、大丈夫だから!」
日向はまるで自分に言い聞かせるように、声を荒げた。
「悪い…でかい声出しちまったな」
「日向…お前、泣いてるのか」
音無は自分の頬に、冷たい雫が伝ってくるのに気が付いた。
「なぁ、悪い、音無…もう少し…もう少しだけこうしててもいいよな」
「……」
「…頼む」
「……あぁ」
日向の腕など、退けようと思えばすぐに退けられた。
ただ、何故かその腕を絶対に振りほどいてはいけない気がした。
背中に押し付けられた日向の胸から規則正しい鼓動がトクントクンと伝わって来る。
一度は生を終えた物達が、こんな場所で生を与えられてまた生きている。
この日向の温かさだって決して偽りなんかではないはずだ。
「…お前、俺より絶対に先に消えるなよ」
耳元で日向がポツリと呟いた。
「ああ、約束する」
「絶対だぞ」
「ああ、絶対」
音無のその言葉に決して嘘偽りはなかった。
それはもう自分自身が強く決めた事だから。
「この世界から消える時は、お前と一緒だぜ」
「音無…」
「なんだよ、俺なんか変な事言ったか?」
「…へへっ、お前だって、これなんじゃないのか?」
先程のお返しとばかりに、日向がその場に似合わぬ含みのあるポーズを取った。
「阿保かっ!!」
二人は顔を見合わせると、互いに大きな声で笑い合った。
まるで、本当に何もかも吹っ切れたかのようなそんな自然な笑みを浮かべて。
だけど、ほんの少しだけ互いに胸がチクリと痛んだような気がした。
その痛みが何なのか、二人は永遠に気付く事はないのかもしれない。
――それは、気付いてもどうしようもない切ない痛み。
二人の立っていた夕暮れのグラウンドに、夏の手前の冷めた風がそっと吹き抜けた。
大きな長い影が二つに別れると、再び同じ道へと肩を並べて歩きはじめた。
終。
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