ブクマ

□言えなかった言葉
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空の色はとうに闇夜の海のような黒色へと変わっていた。
ぼやけて浮かぶ細い三日月が、先ほどまでの自分の歪んだ口元みたいで、思わず自分で自分を嘲った。
自分以外は誰もいない鏡の間で、何をするでもなくへたり込んでどれくらいの時間が経ったのだろう。
夜が深くなるにつれ徐々に鋭さを増してきた冷気が肌を謗ろうと、未だにそこから立ち上がって自寮に戻ろうという気にはなれないでいる。いつまで経っても名残惜しいような、恨めしいような、あやふやで模糊とした余韻に、今はもう少しだけ浸っていたかった。
「……本当に、行ってしまったんですね」
もう此処にーー……この世界の何処にもいない彼方の人へ、決して届かない声をかけながら、薄いレンズ越しに虚空を見据えた。

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この学園の生徒として似つかわしくない、魔法の力も豊かな富も、美しい旋律をなぞる歌声も何も持たない、本当に平凡なただの人間だった。
特段興味も関心も無かった。
わかりやすい富や権力、学問、芸術、運動競技。突出して秀でたものは何もない。
【特別】なものなんて、なに一つ。契約を持ち出してまで自分の利益として得られそうなものは、あの人間には、なにも無い。
それが、ひと騒動あった入学式を経ての第一印象で、認識で、多分、それきりで終わるものだと思っていた。
 

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