中編・短編
□君が持ってる涙の理由
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昨日の夜、彼女から突然メールが届いた。
『明日、何か予定ある?』
単純に、珍しいと思った。
彼女は何時だって、約束の日の2日前までには必ず連絡をする。
それは気の強い彼女の、甘えないためのラインなのか、責任感が強く優しい彼女の、俺に対する思いやりなのか。
俺にはそこの判断はつかないが、そんなとこまで愛しく思う。
だからこそ、このメールにはことさらに不安をあおられる。
『どうした?』
たった一言、それだけ送った。
悲しいことに、俺にはこんな時、どこまで踏み込んでいいものかわからなかったのだ。
携帯を握りながら、彼女からの返信を待つ。
不安に思いながらの、この時間はいつも苦手だ。
携帯が震えて、彼女からのメッセージが届いたことを俺に知らせる。
『ごめん。なんでもない!
色々あってちょっと弱ってただけ。
気にしないでー』
そうじゃない。
そうじゃないんだ。
気にしないでとか言って、彼女がいつだって一人で涙を堪えていることを、俺は知ってる。
たまに悲しそうに笑うことだって、本当は傷つきやすいことだって、いつも一歩引いて歩くのは遠慮しているわけじゃないってことだって、実は寂しがりやなことだって、全部、俺は気付いてる。
ただ、怖くていつも気付かないふりをしているだけなんだ。
だから、俺はただ打ち明けてほしいだけなんだよ。ほんの些細な苦しみを、ほんの些細な悲しみを。
咄嗟に、俺は画面に11桁の番号を呼び出す。
それは、彼女につながる番号。
電話はお互いの時間を拘束するから、あんまりしたくないんだ、なんて彼女は言っていた。
だからいつだって、俺たちはメールで連絡をとりあっていた。
俺から電話をかけるなんて、何年ぶりだろうか。
緑のボタンを押すと、規則的な呼び出し音が鳴り始める。
それをなにともなしに6まで数えたところで、いつもより少しだけかすれた彼女の声が俺の名を呼んだ。
俺も、彼女の名を呼び返す。
「なんで電話、」
「声が聞きたくなった。」
「…それだけ?」
「それだけ。」
電話の向こうで彼女がくつくつと笑う。
俺は、少し安堵した。
「でさ、明日なんだけど。」
「あ。その話はもういいの。忘れて!」
「俺、暇だから。お茶でもしない?」
「………は?」
「だーかーらー、俺が暇なの!」
だから、気にしないでいいんだよ。
彼女の気持ちなんてわかってる。
だれかと一緒にいたいんだろ。
「……………馬鹿。」
「え、俺なんかした?」
「ごめ、もう、我慢の限界……っ」
受話器の向こうから、彼女の不規則な息づかいが聞こえた。
必死で抑える声までも愛しい。
彼女の瞳から溢れる涙を想像して、やけに切なくなった。
それからしばらく泣声を伝えるだけの電話を耳にあて続けた。
そして泣き止むと、彼女はありがとう、とかろうじて携帯が拾うくらいの声量で囁いた。
「明日、俺の家おいで。」
「…………う、ん。」
「もう大丈夫?」
「うん。おやすみ。」
「また明日な。」
俺は、赤いボタンを押した携帯をじっと見つめた。
強がりな彼女の涙の理由は、明日ちゃんと話させてあげよう。そう、心に留めて。
俺は、部屋の片付けを始めた。
<end.>
*air of romance*
管理人:ぁゃ
プラチナ様
3月提出御題
「もう、我慢の限界。」
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