──俺ぁ別に止めないけど?
それは
優しくも残酷な言葉だった。
優しかった世界に
さよなら
荷物を纏めて、立ち上がって。ただ一言、『じゃあね』。それで部屋を出りゃ全部済む───筈だったのにさ。
「“ダチ”だろうが!!!?」
どうしてそんな事、言うのさ。あとは『じゃあね』だけだったのに。
機械的に組んだ計画を邪魔されて、俺の思考回路は一時停止。‥いや、強制終了。
──コレ以上ハ危険ダ──
「‥あっそ。んじゃーあっち行っても仲良くやろうや。じゃあな。」
●●が現れる前に。喉元から顔を出す前に。少しでも早く“此処”から離れる為に、俺は思いついた言葉を素早く吐いた。
予定よりちょっと長くなったけど、これで 終わり。もう──
「平助」
長く長く伸びてしまった●●という名の後ろ髪を思い切り引っ張られた。そんな感じ。ただ名前を呼ばれただけなのに。
「俺ぁ別に止めないけど? ただな」
その後に続く言葉を恐れて、俺は息を止めた。
(いっそ、一生止まれば良い)
「その答えは何日で出した?」
全てを見透かされてしまうような瞳。見られるわけがない。背中で視線を受け止め、分からないフリをしようと思ったけれど、残酷で優しい言葉に、止めた筈の思考回路が最後の悪あがきをした。
「──新八っつぁん‥せめて何年ってきいてくれよ」
振り返ることなく、表情を変えることなく、そのまま 進んだ。
(心の中では叫んでいるくせに)
平気なフリして、お前達の元を後にする。──喉元から頭を出しかけた●●が俺を覆い尽くす前に。
一歩一歩、“家”から“外”へ歩みを進める。
一歩進む毎に、一つ また一つと捨てていく。
──
──仲間
──友達
──もう どうでもいい──
でも神様が、そんな“逃避”を許すわけがなかった。
犯した罪の大きさだけ、課される罰は大きくなるんだ。
「‥‥新八っつぁん」
門の柱に寄りかかるように待ち伏せる。酷いよ。
額に汗かいてまで先回りなんて、らしくない。
「‥ぱっつぁ‥」
「おい、負け犬」
新八っつぁんの放った思いがけない言葉に 一瞬心臓が止まった。
「‥な‥‥」
「気の弱い平助は」
俺の言葉を遮るように話し続ける新八っつぁんに、違和感を感じた。いつもに増して、強い口調。乱暴な言葉遣い。
でも、それとは裏腹に、何処か弱々しかった。
「尻尾を巻いて隅っこで膝抱えてなよ」
「‥‥」
──嗚呼、この人は。残酷なまでに優しいのだと。
「お前なんかいなくても俺らが京都を守るから」
こんな友を俺は置いていくのだと。
「せいぜい“夜明け”を待ってれば?」
俺を●●させる。
「“じゃあね”」
『おい負け犬』
(待てよ平助)
『気の弱い平助は』
(心の優しい平助は)
『尻尾を巻いて隅っこで膝抱えてなよ』
(こんな所にいなくていいから。安全な所で生きていて)
『お前なんかいなくても俺らが京都を守るから』
(新撰組の事は俺達に任せろ)
『せいぜい夜明けを待ってれば?』
(新しい時代が来たら、また会おう)
『じゃあね』
(またな)
「‥‥‥“後悔”、するじゃんか」
もう見えなくなった小さな背中に、懺悔の言葉を叫んでしまいたかった。
優しかった世界に
さよなら
(別れの間際までも)
(そしてその後も)
(紛れもなく君達は俺の友だった)