三国書簡・其二

□名も無き草の
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故郷で妻子に聞かせていた曲を、奏でていた指がそろりと止まった。

弦から流れる音色が、先ほどと変わったからだ。屋敷の主人、馬超は立ち上がり、弦と楽器を置いて部屋を出た。

気を使って静かに訪うてくれたであろう壮年の名将(こう言うと必ず否定するのだ
が、本当の事であるのだし否定の必要はないと馬超は考えている)である知己が、包みを手に屋敷の入口に立っていた。

「お邪魔をしてしまいましたか」
「いえ、…あの楽器は貴方が来られると、音が変わるのです。」
何かと自分を気遣ってくれる武人を、馬超は何の躊躇いもなく屋敷の中へと招き入れた。


微妙に会話が成立していない会話を交わしつつ、蜀将趙雲は何の戸惑いもなく邸内へと入っていく。

「顔と名前を覚えて頂けたとは、光栄」
「覚えたのではなく、貴方を慕っているのです」
思っている事を、はっきりと告げる錦と評された西からの将に、趙雲は嬉しそうな表情を隠そうとしない。

「それは―、なんとも楽しい気がしますね」
「おかげで、貴方が来た事がすぐ分かるようになりました」
卓を囲んで会話を交わしていると、茶が運ばれて来た。

秋風に寒気が濃く混じる季節、茶から上がるその湯気は、寒さで張り詰めた気配の中に存在感を示すように白く細く立ち上る。
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