シンアスのお話

□ひきこもり
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「あ〜あ、また上がるのかよ」
 シンは給料明細と向き合い、頭を抱えた。
「少しはラクになると思ったのにな〜」
 一か月前に掛け持ちのバイトを増やした矢先、振り込み用紙が届いたのだった。
「税金め……っ」
 シンはわなわなと拳を震わせる。
 その背後でパソコンに向かっていたアスランが、まるで他人事のように呟いた。
「税金か。今後、さらに上がり続けるんだろうな」
「……アンタは何とも思ってなさそうですね」
 あまりに軽い呟きにシンが振り返る。視線はアスランの後頭部を捉えた。
「仕方ないさ。国は借金だらけなんだ」
 アスランはモニターを見つめたまま肩を竦め、キーボードに指を走らせる。
 そんな様子にシンは唸り声をあげると、その背中に抱き付いた。
「だー! だからって生活苦しいオレがなんで根こそぎ取られなきゃなんないのか納得いかねぇ!」
 シンがアスランの耳元でキャンキャンと吠える。
「あー……国民にとりあえず平等に課せられた義務……かな」
 騒音を気にすることもなく、アスランはキーボードからマウスへと手を移し、八つ当たりに身体を揺さぶってくるシンを受け流した。
「アンタ平然と受け入れすぎ! 文句とかないのかよっ」
 そんなアスランの態度にますます煮え切らず、シンがパソコンとのあいだに割り込んで詰め寄る。完全に画面が見えなくなる。
 アスランは溜め息をつくと仕事を進めていた手を止めた。
「この国の国民である以上、仕方ないだろ。それに、そういう手続きは一括管理を頼んでしまっているから、俺にはあまり実感もないんだ」
 シンの持つ給料明細と振り込み用紙に視線を送り、アスランは眉尻を下げる。
 シンは胡乱な視線で椅子に座るアスランを見下ろした。
「あぁ、アンタ引き籠もりですもんね。通帳記入にもロクに行ってないんだろ」
「うっ 記帳しなくても、ネットで見れるさ」
「じゃあ最近の残高は?」
 シンのあからさまに馬鹿にした声音にアスランは負けじと答えたものの、シンの続く問いにはたじろいで視線を彷徨わる。
「え……っと、たしか……あー……」
「これだからデキるヤツは」
 シンはふんっと顔を背けた。
 アスランはエンジニアだ。フリーであちこちの会社のプロジェクトに携わっている。
「仕方ないだろ、管理は任せたほうが確実だし、仕事に専念できるんだ」
「管理に金かかってもそれ以上に稼げますもんね」
 デートといえばこのアスランの自宅くらいのもので、そんなときすら仕事に没頭して引き籠もり状態のアスランへと、恋人であるシンは含みのある言い方で絡んだ。妬みでしかない。
「俺だって、自分で管理していられるうちはしていたさ」
 シンへと眉尻を下げたままアスランは応えたが、ふと顔を上げてシンを見やる。
「あ、ならシンが管理してくれ」
「は?」
 アスランは閃いたアイデアに瞳を輝かせた。
「俺ができない分お前がしてくれたなら、わざわざ管理を頼む必要もないだろう?」
 名案だとばかりにアスランはシンへと詰め寄り返す。
 シンは少し後ろへと下がり、首を傾げた。
「え? オレ、会計とかそんなのわかりませんよ。そんなデスクワーク系な仕事、さすがに引き受けられないって」
 管理業務は経験も資格もない。シンは戸惑いを隠せずに首を振った。
「仕事じゃないさ。あぁ、まぁそれが仕事とも言うか」
「はぁ?」
 そんなシンに構わず、アスランはもう決定されたかのように嬉しそうな笑みを浮かべて沸き立つ。
「あと今もときどき来てやってくれてるが、身の回りのことも管理してくれたら嬉しいな」
 アスランの要領を得ない言葉に、シンの困惑は深まったまま解決しない。
「奥さんにしか務められない大事な仕事だろ?」
 にこにこと告げるアスランに、シンはぽかんと見つめ返した。








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