シンアスのお話
□イエス・ノー?
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誕生日プレゼントとして、シンから枕をもらった。
例えば普通の枕だなら、俺も素直に喜んだだろう。どんなものでも、シンが一生懸命選んで贈ってくれたものなら、大切にしたに違いない。
だが今。
俺はこの枕を八つ裂きにしたいと、心底思っている。
片側に『YES』、反対側に『NO』と刺繍された枕。それを『NO』にしか向けられないまま、数日が過ぎた。
最初にうちは、しつこいほどシンがまとわりついてきた。何度も「枕を裏返してほしい」と訴えてくる。
しかし、俺は断固拒否した。
「アスランさーんっ」
「イ・ヤ、だ」
シンは叱られた犬のようにシュンとしたが、自分から誘うなどできるはずもない。俺は意地でも裏返さずにいた。
高を括っていた、というのもある。
――すぐに我慢できなくなって、泣きついてくるだろう。
(そのときは、仕方がないな、と頭くらい撫でてやる)
そんなふうに思っていた。
しかし、俺の予想に反して、シンは迫るどころか触れることすらしなくなった。少し離れた場所から、「まだダメですか」と問うてくる。
その姿は、待てを言い続けられている子犬のようだった。
(なんでいちいち枕を裏返さなきゃならないんだッ)
俺は苛立ったまま子犬もどきから視線を逸らし、顔も背けた。
――今までみたいに好きにすればいいじゃないか。
八つ当たり気味に心のなかで吐き捨てながら、いつもとは違うシンに、内心困惑していた。
そして事態は、思ってもみない方向へと転がっていく。ベッドの上で、お互いの寝る位置が離れるようになってしまったのだ。
いつも背を向ける俺。それに寄り添い、背中にくっつくシン。
いつもの態勢が、シンも背中を向けてしまうことで、180°変わる。
ベッドの端と端に眠り、背中を向け合ったまま眠るのだ。
未だかつて、こんなことはなかった。
いつだってシンがしがみついて離れなかったから。
なぜこうなってしまうのかがわからない。
俺は戸惑いを隠せないでいた。
「今日の夕飯は何にしようか」
仕方なく、俺は自分から歩み寄った。
「寒くなってきたが、快晴で気持ちがいいな」
普段より多く、声を掛ける。
「シン、寝癖ついてるぞ」
できるだけシンに触れるように心掛け、髪や肩にわざと手を伸ばした。
触れてこないシンが、もどかしい。
しかし、シンはあろうことか俺を避けるようになった。
あからさまな拒絶はされないが、いつも早い帰宅時間が妙に遅い。明らかに避けられている。
ここまでくれば、俺が苛立ちのまま思い切り枕を殴ったとしても、許される筈だ。
独りきりの静かな寝室で、自分の拳がめり込んだ枕を眺める。
「……捨ててしまいたい」
溜め息を吐きながら、俺は拳を退けた。
この枕にこっそりとフェルトを縫い付けていたシンの背中を思い出す。
捨てることなどできない枕を、俺は仕方なく抱き締めた。