シンアスのお話
□タバコ
1ページ/1ページ
アスランは今日も校内を見回っていた。
自分の受け持つクラスに目的の生徒がいないことを確認し、本館とは少し離れた芸術棟の屋上に訪れる。見上げれば捜し人の影が見えた。
「シン・アスカ! お前はまたそんなところに登って……っ」
細い梯子の先にあるタンクの裏に、呼ばれた少年がいた。
「……アンタ見つけるの早いな」
アスランは素早く梯子を登る。
「君の行動パターンくらいわかってきたさ」
シンは曖昧な顔で登ってきたアスランを見やった。芸術棟のてっぺんに立ったアスランは、手を払って肩を竦める。そしてシンと同じようにタンクの裏へと隠れ、身を潜めた。
「いくら屋上の鍵が壊れているからといって、こんなところに来るなと何度言えばわかるんだ。見つかったら俺の責任になるんだぞ」
アスランが声も潜めてシンを諫める。シンはタンクに凭れて座ったまま、横にいるアスランから視線を逸らした。
「鍵が直るまでしか来れないんだからいいだろ」
シンは口に咥えた白いものを揺らしながら、しれっと言う。
アスランはそれを即座に奪い取った。
「お前は……ッ タバコなんて吸っていたのか!? 今すぐ降りろ!」
アスランは声を顰めていたことも忘れて怒鳴った。
そんなアスランにシンは噴き出し、ニヤニヤとした意地の悪い顔でポケットから小さな箱を取り出した。
「コレ?」
「タバコは没収だ!」
アスランはすぐにまた奪い取る。
そんな真面目教師の反応に、シンは腹を抱えて笑った。
「アンタそれよく見てみろよ」
奪われて喜んでいるようなシンの様子に眉を顰めたアスランは、言われるまま手元の箱を見た。そして首を傾げる。
「なんなら吸ってみれば? もれなくオレと間接キスになりますけど」
「な……っ なッ」
アスランはタバコの正体がチョコレートだったことに驚くと、シンの言葉でさらに慌てた。何か言おうとする前に、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。
シンは素早くアスランの横をすり抜けると、梯子の掛かる位置から飛び下りた。軽やかに身を翻し、屋上の扉へと駆けて行く。
「それアンタにやる。誕生日だったんだろ」
シンはそれだけ言い残すと、アスランの答えも聞かずに芸術棟のなかへと入っていった。
あとには残された教師がひとり。
「……どうしろというんだ」
誕生日。アスランは誰からもプレゼントを受け取らなかった。
校内の規律を乱すのは不本意。祝いの気持ちと言葉が何より嬉しい。
だから。アスランは硬くなに断っていた。それなのに。
「……タバコじゃ返せないだろ」
原則没収の規律。
アスランは奪った『タバコ』をぎこちない手付きでくゆらせ、秋晴れの空を仰いだ。
END
ALEXANDRITE EYES ひののき