シンアスのお話
□イエス……
1ページ/4ページ
『わかった。おやすみ』
アスランさんからメールが届いた。いつになく早い返信。
でも、いつも以上に短い返信。
「……怒ってる、かな」
オレは座っていたブランコを少し揺らして呟いた。
別に行く宛てなんてなかった。
けど、これ以上そばにいたら、何をするかわからない。
だから仕方なく、近くの公園に来てみただけだ。
「……こんなことならヨウランのところにいればよかったな」
ヴィーノたちとあのまま、強引に泊めさせてもらえばよかった。そうすれば、遅くまでアスランさんを待たせずに済んだのに。
「……待っててくれてた、な」
ぽつりと呟く。
てっきり先に眠っていると思っていたのに。
「まぁ、怒ってたけど」
謝るくらいなら早く帰ってこい、なんて。
ふだんなら抱きしめて離さないところだ。
「……でも、なぁ」
溜息が零れる。
オレがなんのために遅くまで出かけていたのか、あの人はわかっていない。
目の前にいるのに触れられない苦しさが、わからないのだろうか。
それに。
アスランさんは部屋に駆け込んだ。オレの言葉から、逃げるみたいに。
「これが倦怠期ってやつかな」
再び溜息が零れる。
テレビで言っていたことだ。オレはそんなものないけれど、アスランさんはそうなのかもしれない。
足と手で、身体とブランコを押し上げる。
キィと鳴るその振り子を、オレはゆっくりと漕いだ。
(……別にそれならそれでいい)
倦怠期でも構わない。
時期が過ぎれば、元に戻れるなら。
ただ、不安なのは――
「……嫌々だったらどうしよう」
暗闇でも街灯に照らされて浮かびわかる、白い息。その白いモヤを顔に纏い、オレは揺れる足先を眺めた。
そんなわけないと思うのに、アスランさんは遠い。
なぜなら、普通に微笑っているから。
アスランさんは、まったく触れ合えないままなのに、平然と微笑っている。
しかも、前より優しく。
(そうなんだよな……)
毎日触れ合っていたときより、今のほうが優しくて穏やかなのだ。
「プラトニックが、アスランさんの望み……?」
ルナにも言われたこと。
今までのアスランさんはただ、オレに付き合ってくれていただけかもしれない。
なら、アスランさんは本当はヤりたくなんてないことになる。
アスランさんがヤりたくないなら、それはつまり。
もうできないということだ。
好きな人がすぐそこで眠っているのに、触れられない。そんなことに耐えられるわけがないけれど、それでも耐えなければいけない。
オレはブランコを停め、頭を抱えた。
答えの得られない疑問や葛藤が、ぐるぐると巡る。
ここ最近、ずっと考えていたことだった。
今まで気づこうともしなかった事実。
もしもそれが真実なら、これから先のオレ達の行く末は、それでもとても穏やかで、のどかな、暖かい日々?
「……幸せじゃないか」
そうだ、幸せだ。
それはとても幸せなことだ。
なのに。
「――〜……ッ」
気が付けば、白い肌の綺麗な痴態が脳裏にチラつく。
誰よりもよく知る、オレだけの淫猥な身体。
それが、淫らに甘く、オレの名を呼び、淫らに誘う。
「はぁ……、どこのエロガキだよ」
自分で自分が居た堪れなくなり、両膝に深く顔を埋めた。
始終エロ妄想に耽っているなんて、情けないにも程がある。
(いや、まぁ、妄想っつーか、実際に抱いた記憶だけど)
しかし、こんなことを無意識に思い返している時点で末期だ。それは自分でよく分かる。
正直、もうかなりの限界までキていた。
白い息が、フワリと漂い昇る。
白く輝く月が、辺りを照らしている。
「足りない……」
笑顔だけじゃ足りない。
優しいだけじゃ足りない。
あの人が誰にでも与えているようなものだけで、満足できるオレではない。
(どうすればいい――)
嫌々かもしれないなら、どうすればいい?
そばにいるのも離れるのもツラい。
至福という贅沢を知った己には、あたたかな幸せすら生き地獄。
途方に暮れて一度夜空を見上げたオレは、癖になりそうな溜息と共に、握っていた携帯を見下ろした。