シンアスのお話

□イエス……
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 『わかった。おやすみ』



 アスランさんからメールが届いた。いつになく早い返信。
 でも、いつも以上に短い返信。

「……怒ってる、かな」
 オレは座っていたブランコを少し揺らして呟いた。

 別に行く宛てなんてなかった。
 けど、これ以上そばにいたら、何をするかわからない。
 だから仕方なく、近くの公園に来てみただけだ。

「……こんなことならヨウランのところにいればよかったな」
 ヴィーノたちとあのまま、強引に泊めさせてもらえばよかった。そうすれば、遅くまでアスランさんを待たせずに済んだのに。

「……待っててくれてた、な」
 ぽつりと呟く。
 てっきり先に眠っていると思っていたのに。
「まぁ、怒ってたけど」
 謝るくらいなら早く帰ってこい、なんて。
 ふだんなら抱きしめて離さないところだ。
「……でも、なぁ」
 溜息が零れる。
 オレがなんのために遅くまで出かけていたのか、あの人はわかっていない。
 目の前にいるのに触れられない苦しさが、わからないのだろうか。

 それに。
 アスランさんは部屋に駆け込んだ。オレの言葉から、逃げるみたいに。

「これが倦怠期ってやつかな」
 再び溜息が零れる。
 テレビで言っていたことだ。オレはそんなものないけれど、アスランさんはそうなのかもしれない。

 足と手で、身体とブランコを押し上げる。
 キィと鳴るその振り子を、オレはゆっくりと漕いだ。


(……別にそれならそれでいい)
 倦怠期でも構わない。
 時期が過ぎれば、元に戻れるなら。

 ただ、不安なのは――

「……嫌々だったらどうしよう」
 暗闇でも街灯に照らされて浮かびわかる、白い息。その白いモヤを顔に纏い、オレは揺れる足先を眺めた。

 そんなわけないと思うのに、アスランさんは遠い。

 なぜなら、普通に微笑っているから。
 アスランさんは、まったく触れ合えないままなのに、平然と微笑っている。
 しかも、前より優しく。

(そうなんだよな……)
 毎日触れ合っていたときより、今のほうが優しくて穏やかなのだ。

「プラトニックが、アスランさんの望み……?」
 ルナにも言われたこと。
 今までのアスランさんはただ、オレに付き合ってくれていただけかもしれない。
 なら、アスランさんは本当はヤりたくなんてないことになる。
 アスランさんがヤりたくないなら、それはつまり。

 もうできないということだ。



 好きな人がすぐそこで眠っているのに、触れられない。そんなことに耐えられるわけがないけれど、それでも耐えなければいけない。






 オレはブランコを停め、頭を抱えた。
 答えの得られない疑問や葛藤が、ぐるぐると巡る。

 ここ最近、ずっと考えていたことだった。
 今まで気づこうともしなかった事実。
 もしもそれが真実なら、これから先のオレ達の行く末は、それでもとても穏やかで、のどかな、暖かい日々?

「……幸せじゃないか」
 そうだ、幸せだ。
 それはとても幸せなことだ。



 なのに。


「――〜……ッ」
 気が付けば、白い肌の綺麗な痴態が脳裏にチラつく。
 誰よりもよく知る、オレだけの淫猥な身体。
 それが、淫らに甘く、オレの名を呼び、淫らに誘う。

「はぁ……、どこのエロガキだよ」
 自分で自分が居た堪れなくなり、両膝に深く顔を埋めた。
 始終エロ妄想に耽っているなんて、情けないにも程がある。
(いや、まぁ、妄想っつーか、実際に抱いた記憶だけど)
 しかし、こんなことを無意識に思い返している時点で末期だ。それは自分でよく分かる。

 正直、もうかなりの限界までキていた。




 白い息が、フワリと漂い昇る。
 白く輝く月が、辺りを照らしている。

「足りない……」

 笑顔だけじゃ足りない。
 優しいだけじゃ足りない。

 あの人が誰にでも与えているようなものだけで、満足できるオレではない。

(どうすればいい――)
 嫌々かもしれないなら、どうすればいい?

 そばにいるのも離れるのもツラい。
 至福という贅沢を知った己には、あたたかな幸せすら生き地獄。




 途方に暮れて一度夜空を見上げたオレは、癖になりそうな溜息と共に、握っていた携帯を見下ろした。







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