シンアスのお話

□構い構われ
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「アスランさーん」
 シンがアスランに擦り寄っている。

「はいはい」
 アスランは本を読んでいる。

「アースランさーん」
 シンがねばっている。

「……はいはい」
 アスランは本に熱中している。

「アスランさんってばー」
 シンがむくれている。

「……、……はいはい」
 アスランは時折ページを戻しながら、魔法薬に関わる新説論文にじっくりと浸っている。



「………………………………」
 シンは無言で押し倒した。

「うわ!?」
 アスランは本を落としてシンを見上げる。
 途端、緑の瞳が鋭く光った。
「シン! いいかげんにしろ!!」


 アスランが怒り、シンは仕方なく外へと出ていくのだった。







■ 構い構われ ■




 二人が休みを取るのは珍しい。
 アスランは常に魔法薬の開発研究に明け暮れているため、シンの仕事はもっぱら家事全般である。開発受注や納品もシンが代わりに行っているため、昼夜問わず二人は忙しかった。
 だからこそ、シンは久しぶりに寛ぐアスランを構いたくて構ってもらいたくて仕方なかった。
(仕方ないんだけどさ)
 寛いでいても仕事に関わっていたがる熱心な人だから。
 シンは溜息を零して肩を竦めると、アスランとの休日を諦めて街へと向かい始めた。


「キレイなネコなんだけど、魔力がこれっぽっちもないんじゃねぇ……」
 人が行き交う石畳の路地。宛てもなく彷徨い歩いていたシンの耳に、女性の言葉が届いた。
 シンが顔を向けると、遣い魔を取り扱う店が見える。その入り口に、裕福そうな年配の女性が店主と話をしていた。
 店先に吊るされた鳥用の如く小さいかごには、一匹のネコが客寄せとして飾られている。
「やっぱりそっちの黒ネコがいいわ。いくら見目が良くても、遣い魔として使えないんじゃねぇ。意味ないわよ」
 年配の女性はそう言ってネコに一瞥をくれると、店の中へと入っていった。

 シンがそっと店先に近づく。
 かごの中に見える毛色と瞳。
「…………」
 そのネコは、アスランの色合いにそっくりであった。
「いい買い物ができたわ」
「ありがとうございました」
 シンの後ろを、先ほどの女性が黒ネコを抱えて歩いていく。店主は頭を下げて客の背中を見送った。
 顔を上げた店主とシンの目が合う。
 店主はシンを値踏みする視線を送った。
「……遣い魔は珍しいかい?」
 接客というより近所のやさしいおじいさんの口調で、店主がシンに声を掛けた。
 遣い魔は高価なものである。シンのなりを見て取り、客ではないと判断したのか、店主はシンへと気軽に話しかけていた。
「そのネコねぇ、泥だらけで路地裏にいてね」
 やれやれと言いたげに店主がかごへと近づく。店主はネコの首元を指差した。くすんだ腕輪のようなアクセサリーが付いている。
「こんなものもつけているし、なんとなく拾ってみたんだが……どうも魔力がまったくない仔のようでねぇ」
 シンもじっとそのネコを見つめる。
 店主はかごを開け、ネコを引っ張り出した。よく見せるように、シンの目の前へと差し出す。
「ほら、このとおり見目は申し分ないんだが、遣い魔になれなきゃどうしようもなくてね。さっきみたいに、なかなか買ってもらえないんだよ。この装飾品も外れないしねぇ」
 しみじみと語る店主。その店主に抱かれたネコ。
 それまで大人しくしていたネコが、突如飛び出した。
「え!?」
 黙って店主の話を聞いていたシンが咄嗟に腕を伸ばす。すると、ネコはすんなりとその腕に飛びついた。
「おやおや、君のことが気に入ったようだ」
 そんなネコの様子に怒ることもなく、店主は苦笑いで肩を竦める。
「せっかくの縁だ、もらってやってくれないかい?」
「え」
 店主の発言に、シンは目を丸めた。
 腕の中のネコと店主を交互に見やり、如実に戸惑っている。
 店主はなお畳み掛けた。
「ここでフードさえ買ってくれれば、お代はいらないよ」
 だからどうだい?
 処分に困っていたのか、店主は強くシンへと推した。

「あ……」
 ネコはシンの胸元へと、必死に身体を擦り寄せている。
「……一緒に、くるか?」
 シンの問いに、ネコはニャアと鳴いた。



続く


ALEXANDRITE EYES   ひののき




 

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