シンアスのお話
□続・バレンタインのある日
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気が付けば、俺は公園のベンチで眠っていた。
衝撃的なのはシンに抱えられて眠っていたことだ。
ベンチに座ったシンに、ぬいぐるみよろしく抱えられていた。
寒くないように温めてくれていたのだろうが、それなら家まで連れ帰るかいっそ起こしてほしかった。恥ずかしいにも程がある。
そんな文句を言っている間に、シンは犬に戻ってしまった。今はベンチに座った俺の膝に顎を乗せて眠っている。
(……俺が起きるまでヒト型でいてくれたんだよな)
それで疲れてしまったのか、仕返しとばかりに胸元に抱き寄せギュッと抱きしめてみても、だらりと眠ったままだった。
(あったかい)
こいつはなぜこんなにも温かいのだろう。とても心地よい天然カイロだ。
(あ、そうか)
俺は天を仰いだ。
まだ空は先ほどと同じ青が広がっている。そこに在る太陽を眩しげに見つめ、納得した。
(真っ黒だからか)
犬の毛並みは、撫でれば熱いほどに陽の光を浴びていた。
今朝は風もあって寒かったが、今は風も無く日差しが強い。
ベンチの横に立つ木々が程よく影を作り、ひなたぼっこに最適の環境を作り上げていた。
(ああ、また寝てしまいそうだ……)
犬を抱えたまま瞼が落ちていく。
「アスランさーん、チョコくださいよーっ」
「あげただろ!?」
ぱちっと音が鳴るほど反射的に目を見開いた。
(――……は?)
辺りを見渡すと、向こうからこちらへ向かって歩いてくる二人組がある。
「あんなの普段買うお菓子と一緒のチョコじゃないですか! 俺は認めないっ」
「お前が認めなくたってあれが俺の気持ちなんだ!」
……硬直する。
また俺とシンのそっくりさんが現れた。
「そんな! そりゃ恥ずかしいのに買ってきてくれた気持ちはわかるから嬉しいけど、いくらなんでもあれはないって!」
「あるっ」
さっき見た高校生と思しき俺たちそっくり二人組、よりは年が上がっているように見える。
「だいたい、普段より高めの奴だっただろ! あんな小さくてちょっとしか入っていないのに150円もしたんだぞっ」
「小さすぎるんですよ!! OLが休憩時間にちょっと贅沢気分味わうコンビニチョコなんて本命チョコじゃない!!」
あぁ、そういえば最近はそんなものも売っているな。
俺は犬の真っ黒い毛並みに顔を押し付けたまま、ひとり思い出して頷いた。
……いや、そんなことよりこんな不可思議なことが立て続けに起こるなんて。
「コンビニならバレンタイン用のチョコだってちゃんと置いてあったでしょう!? なんでせめてそっちを買ってきてくれなかったんですか!!」
まぁ、今朝の一件があったおかげでもう混乱することはなかった。聞こえてくる声を否応なしにききながら、こそこそとベンチに身を屈める。
「そんなあからさまにバレンタインなチョコ、買えるわけないだろ!!」
「えーっ」
どちらも必死だ。さっきもそうだがやっぱり惚気にしか聞こえない。
今朝の二人と似たような内容で、こちらの二人も言い争っている。……バレンタインに踊らされ過ぎじゃないのか。
「でも、オレは買ってきたじゃないですか!」
「うっ」
「あれ、予約限定なんですよ? 結構前から予約してたんですから。……アスランさん好みだったでしょ?」
しかし、どうやらこっちのシンそっくりさんはしっかりとチョコを準備してプレゼントしたようだ。さっきのそっくりさんとはまた違うな。
「……あぁ、あれは驚いた。職人の技だな」
「でしょ」
「チョコレートをどうやったらあんな芸術作品に仕上げられるのか……息を呑んだよ」
……へぇ。どんなものなのか興味が湧くな。
「でしょでしょっ だからオレにもー!!」
「うわ、くっつくな!!」
前言撤回。チョコレートなんてどうでもいい。
「あーすーらーんーさーんーーーー」
「お前、最近甘ったれてきてないか!?」
このバカップルは公害だ。
「嫌?」
「……ぐっ」
頼むから誰もいない場所でやってくれ。
「あーもーわかった、わかった! コンビニのでいいんだな!?」
「やったー!」
おおはしゃぎで喜ぶシンのそっくりさんは、腕の中で寝ている犬が喜んだときとそっくりだった。俺はあの笑顔に弱い。
「まったく……」
俺のそっくりさんもどうやら同じらしい。あの笑顔に仕方なさそうな素振りで踵を返す。そうして、公園の向こうにあるコンビニへと歩いて行った。