シンアスのお話
□恋人未満
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■ 恋人未満 ■
――もしかしたら、シンも俺のことを好きでいてくれている。……かもしれない。
そんな期待に満ちた疑念を抱きながら、俺は今日も生徒会の雑務に追われていた。
俺はシンが好きだ。友愛ではなく、恋愛という意味で。
男同士なのはわかっているが、そんな悩みはとうに過ぎた。
自分を誤魔化しようもないほど、シンを好きだと感じるのだから。
なら、開き直るしかないじゃないか。
だが、だからといってそう易々と、本人にまで開き直れるものでもなかった。
口の悪いシン相手だと、つい小言が増えてしまう。そのたびシンが反発して、些細なことで口論になる。そんな日常。
傍から見れば、お互いがお互いを嫌い合っているようにしか見えないかもしれない。
なかなか自分の想いを言いだすことができない俺は、ただひっそりとシンを眺めているだけだった。
しかし近頃、俺の想いが一方通行なだけでは無い、ような気がする。
それはすぐに機嫌の悪くなるシンが、最近になって変わったからに他ならない。
――いや、変えられることを発見したというべきか。
そう、俺はシンの機嫌が良くなる法則を、発見したのだ。
「……ふぅ」
無意識に机の一点を見つめていたらしい。
俺は少し顔を上げ、椅子へと深く座り込んだ。
シンのことを考え、いつのまにか雑務に励んでいた手が止まっていたようだ。最近は特に、よくあることだった。
逆に、気がつけばすべて片付けていることもある。
幸い今は昼休みなのだから、急く必要もない。俺は手を止めたまま窓の外を眺め、再びシンのことを考えはじめた。
シンの機嫌を悪くする方法は簡単だ。
例えば、シンを眺めているとたまに目が合ってしまうことがある。そんなとき、すぐに顔を逸らしてしまえばいい。
いつも俺がしていたことだった。
そうすれば、必ずシンは突っかかってくる。「なにこっち見てんですか」と言い出して怒り、非常に機嫌が悪くなるのだ。
シンを眺めることは無意識でもあることで、つまりは見つからないようにそっと覗き見るしか、シンの機嫌を悪くさせない方法はないと俺は思っていた。
だがそれも、少し対応を変えれば、違った結果になる。
そんなことを、最近知った。
方法はとても難しい。
目が合った時、顔を逸らさずにいなければならないのだ。
照れくさいにも程がある。
だが、それだけのことと言えばそれだけだ。
せいぜい俯く程度に留め、逃げ出したい気持ちを抑えていれば、それだけでシンの機嫌が悪くならない。
さらに。
機嫌が良いときは、微笑ってくれることもあったりする。
「なに赤くなってんですか」と、からかうようなこともせず、ただ、無言で優しい。
そんなシンを、俺は知らなかった。
そんなシンを、未だかつて見たことがなかった。
今までの俺に対するシンの態度からは、想像もつかないものだった。
そんな温かな眼差しを向けられて、気持ちを抑えることなどできはしない。
もっと。もっと見つめていたいと、思わずにはいられない。
きっかけはいつだったのだろう。
だぶん、あの日からだったんじゃないだろうか。
俺の心を惹きつけ、そして同じだけ、俺の期待も膨らませていく、シン。
想ってしまうのだ。
もしかしたらシンも、俺と同じ想いを抱いてくれているのではないか、と。
「……アンタ、また食いながら書類まとめてんのかよ」
「!?」
俺は勢いよく扉を振り返った。
唐突に向けられた言葉に、何よりその誰であるかすぐにわかる声音に。心臓が跳ね上がる。
「――シンか」
シンが中へと入っていた。いつの間にか、生徒会室の扉を開けて。
今まさに考えていた本人が現れたことに、俺はただただ動揺した。
だが表向きは真面目に書類をまとめていたはずだ。心の内などわかるはずもないと自分に言い聞かせ、平常を装って顔を上げる。
「今日はどうし……」
「購買行ってたら、アンタがココに入ってくのが見えたんです」
質問する前に答えられた。
ぶっきらぼうで、まるで怒っているかのような口調だ。
知らない人間が聞けば勘違いされても仕方がないだろう。
しかし、シンが本当に怒っていたならまず間違いなく俺の質問になど答えはしないだろう。そもそもここに入って来ないはずだ。
「そ、そうか。目がいいなお前は」
最近、シンはなにかとこの生徒会室へ来てくれる。――俺がここにいると知って、来てくれる。
「……食べながらでも早くまとめておいたほうが、後がラクだろう?」
俺は最初の質問に答えながら、火照りそうになる頬を俯いて隠した。あまり深く考えないようにしなければ、まともに顔も上げられない。
――実は、シンが来てくれはしないだろうかと、雑務を見つけてはここへ来ていたのだ。俺は。
学年が違うため、シンとの関わりはここにしかない。
ここ以外には、偶然廊下ですれ違えたらいい程度だ。
それに、たとえここへ来てもらえなくとも、ここからならグラウンドがよく見えた。
昼休みに遊んでいるシンが、よく見えた。
だからここは、シンが来てくれるようになる以前から、遠慮なくシンの姿を見つめていられる大切な場所だった。
だが、二人きりでいられるようになった今の方が、もっと大切だ。