シンアスのお話
□水ようかん
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「アスランさんっ 水ようかんって知ってますか?」
「え?」
アスランの部屋に駆け込んできたシンが、開口一番に訊ねる。
「アズキを使った和菓子で、夏によく売ってるんですよ。さっき見つけて買ってきたんです。アスランさんもどうですか?」
シンは我がもの顔でベッドへと歩みを進めると、遠慮なく座り込んだ。
そして、机に向かっていたアスランへと、プラスチックカップの水ようかんとスプーンを差し出す。
「へぇ、和菓子は知っているが、水ようかんは知らないな。ありがとう、いただくよ」
そんなシンを当たり前のように受け入れながら、アスランは椅子ごと振り返った。
差し出された水ようかんを受け取り、しばしの休憩を決める。
「はい、気をつけて食べてくださいね。 あ、メールだ」
携帯を弄りはじめたシンを置いて、アスランは受け取ったカップをものめずらしく眺めた。
ちいさなカップだ。
アスランの手のなかにちょこんとある。
プラスチックのフタを開けると、内側に注意書きがあった。
《 風味をそこなわないためにもお早くお召し上がりください 》
「へぇ、新しいの出たんだ。えーっと、買うな、ら、貸し、て、くれ、っと。 ん?」
新作ゲーム情報を送ってきたヴィーノに、ぽちぽちと返信を打ちながら、シンはふと視線を上げる。
パクパクパクパクっ
「……」
数秒眺めているうちに、アスランの手から水ようかんが消え、カップだけが残った。
「アスランさん、なにそんな急いで食ってんですか?」
シンはとりあえず、思った疑問をそのままぶつけてみる。
「え、早く食べなきゃいけないんだろ? そう書いてあった」
ほら、とアスランはカップのふたの内側をシンへと向けた。
シンは身を乗り出して、まじまじとその注意書きを読む。
「……アンタ、可愛いですね」
シンは再び、アスランへと視線を向けた。
「? これはおいしいな。甘いのにとても喉ごしが爽やかだ。いくらでも食べられそうだよ」
シンの言葉に首を傾げるアスランだが、手に持ったカラの容器を見つめると、一瞬にして過ぎ去った幸せのひとときに、想いを馳せた。
心なしか、瞳が輝いているように見える。
「なら、これも食べてください」
子どものように喜んでいるアスランがなんとも可愛くて、シンは小さく笑みを零すと、自分の水ようかんをアスランへと差し出した。
「え、いやそれはシンの……」
そんなつもりで言ったわけじゃないと、アスランは慌てて首を振る。
「水ようかんを好きになってくれて、嬉しいですから。だから、食べてるとこ見せてください」
「なんだそれは?」
シンの言い分が理解できず、アスランは首を捻りながら押し付けられたカップを手に取る。
「ちょっと見るくらい、いいでしょう? 気に入ってくれたなら、たくさん食べてください」
「? わ、わかった。……ありがとう」
ますます何のことなのかわからず、戸惑いを隠せないものの、これがシンの優しさであることは間違いないと理解し、アスランは照れながら微笑みを向けた。
(……可愛いなぁ)
その笑みに微笑み返しながら、シンは再び急いで食べ始めたアスランの様子を楽しげに見つめる。
「また買ってきますから、一緒に食べましょうね」
「そうか、楽しみだよ」
たわいのない約束に幸せな笑みを交し合い、二人の時間はおだやかに過ぎていった。
END
ALEXANDRITE EYES ひののき