text

□ハロウィン的短編集
2ページ/3ページ



*trick or treat, or...


「僕と契約しようよ!」

 彼は言った。
 いや逆だろう。普通。
 俺は呆気にとられたまま、俺を呼び出した魔法陣の上、それを描いた張本人の、人間に組み敷かれていた。


 一応言っておくが俺は悪魔だ。
 角であったり翼であったり、また魔法の力なんかも一応持ち合わせている、悪魔だ。

 その俺が、気付いたら見知らぬ部屋にいた。
 自分が寝転がっていることに気付き、その場所が床だと気付き、その床に魔法陣が描かれていることに気付いたとき、上から声がかかった。

 そして俺は戦慄した。

「おはよ。お目覚めいかが?」

 にこやかな男。
 金髪碧眼で、神父の服を着た男。
 それが、俺の上に跨って、俺に向かって首から下げた十字架を見せびらかしている。
 俺の天敵が俺にとても効く武器を見せびらかしている。
 俺は為す術もなく、その場に固まった。

 そして彼は冒頭の台詞を言い放ったのである。

「……ね?」
「いや……えっ……? 俺殺される感じ? ハロウィンなのに?」
「まっさかー、逆だよ逆。
 今日くらいは悪魔さんたちと仲良くしようと思ってね。
 だから契約しようって言ってるじゃない」
「はああ?」

 そう、今日はハロウィンだ。
 いつもはいがみ合い、殺し合いをする俺たち魔物と彼ら聖職者も、ハロウィンの夜だけは争いを止める。
 俺たち闇の眷属は、堂々と外を歩けるのだ。
 そして人間たちも、俺たちのように仮装して外に出てくる。
 つまり今日は、二つの世界を平和に繋ぐ日なのだ。

 しかしこの男、俺がとても恐れるものを俺に突き出している。
 行動と言葉が一致していない。全く以て。

「んなこと言うならそれ仕舞えよ」
「やだなあ、か弱い人間が悪魔に相対するときに丸腰でいるわけないじゃん?」
「いや俺は低級だし……神父にゃ勝てねえよ普通に……」
「だろうね」
「ああ?! 喧嘩売ってんのかお前!」
「まあ勝ち戦だけどね」
「むっかつく……!」

 にやにや笑う神父に俺は食って掛かった。
 だが彼の持つ十字架に近付けなくて及び腰、しかも床に固定されたままなわけで、全く凄みがないんだろう。奴は笑いっぱなしだった。
 むかつく。むかつくが、どうしようもない。
 俺は早く帰りたくて、話を進めることにした。

 神父を見上げる。
 目が合う。睨むと微笑まれた。さらにむかつく。

「つうか契約ってお前……神父だろ……無理だろ」

 俺は怒りながらも、ごくあたりまえのことを言った。
 契約というのは、人間が悪魔に魂を売る代わりに、悪魔が人間の願いを一つ叶えてやる、というものだ。
 魂を神に捧げている聖職者どもが、俺たちと契約なんて、できるわけが無い。
 しかし彼はとんでもないことを言った。笑顔を崩さずに。

「いいじゃない。僕ね、どうしても叶えたい願いがあるんだ。
 それ、君と契約しないと叶えられないし」
「よくねえよ」
「いいのいいの」
「よくねえだろアホか!」

 俺は耐え切れず、思い切り罵倒した。
 とにかく早く帰りたかったのだ。
 こんなわけのわからん神父に捕まるより、仲間と騒ぎたかった。
 が、彼の笑顔が物凄く攻撃的なものに変わったことに気づいて、俺はびくりとした。

「顔はかわいいのに、生意気で身の程知らずだねえ?」
「は……いや」
「あのね、弱者は黙って強者に従っときなよ」
「まっ、待て」
「それができないなら殺します」
「ひっ」

 彼はナイフと小瓶を取り出した。
 小瓶の中身に俺の嗅覚が反応して、全身が拒絶する。
 聖水だ。そんなもの、一滴触れただけでも皮膚が焼けてしまう。

 俺の怯えた顔を見て、奴はサディスティックに笑った。

「さて、僕の恋人になるか死ぬか、選んで?」
「……はあ?」
「trick or treatっていうよりlove or dieみたいな」
「メタルも悪魔信仰だろ」
「君、ツッコミが細かいね」
「いや待て何つった」
「Love or die?」
「……いや、え?」

 いままでの話を統合すると。

「つまり、僕と付き合ってくださいさもなくば死ね?」
「待ってわけわかんねえ」

 そこで俺は、体勢のおかしさにやっと気付いた。
 ふつう組み敷かない。うん。
 つまり、こいつ、本気。

「……えええ?」
「いやー適当に召喚してみたら美少年で一目惚れしちゃってね。
 契約しないと一緒にいれないなぁと思って。
 でもまあ敵なわけだし、相容れなかったら殺すよね、普通に」

 さらりと恐ろしいことを言われる。
 そして目の前にちらつく銀、聖水、十字架。
 上にいるにやにや笑いの男。天敵である神父。
 俺に勝ち目はなかった。

 齢十五。まだ死にたくない。
 目頭が熱くなってきた。
 父さん母さんごめんなさい。聖職者の魂って上玉だけど、こいつ多分そうでもない。真っ黒だよ地獄行きだよ。

 俺は涙をこらえて言った。

「……血に誓え。この外道神父」
「やったあ、これからよろしくね、悪魔くん!」

 その時の奴の笑顔は、神父らしく美しく見えた。
 たぶん錯覚だ。

「……つうか、願いの内容って何よ?」
「君と付き合いたい」
「……まじかよ」

 そうして、互いが死ぬまで破ることのできない契約により、最低な日々が始まった。

「ハロウィンなんて平和な夜に、二つの種族を結ぶ異種族間カップルが誕生!
 ……って、良くない?」
「良くない」
「つれないねぇ」
「つうかホモでサドで軽々しく悪魔に魂売る神父て……最低じゃねえか……」


おわれ
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ