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□クリスマス的短編集
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*愛しき理由
彼は12月に入ってから、ずっと体調が悪かった。
この季節に彼の体調が悪くなる理由は、僕も十分に承知している。
そして、彼の病状の悪さは、僕の職業と、僕らの住む場所も重大な原因となっている。
なぜ、クリスマスが近づくと、彼の体調が悪くなるのか。
それは、彼が人ならざるもの、魔の使い、邪悪なもの――悪魔であるから。
僕の職業は聖職。神父だ。
そして僕の住む場所は教会。
僕と契約して恋人にさせられ、教会に住むことを強いられた悪魔は、最高に体調も居心地も悪そうにしていて。
布団に籠城していた。
僕が彼の寝室になっている一室に入ると、彼は布団から少しだけ頭を出した。
しかし、その顔はひどいしかめっ面だ。
「おはよう菫さん」
「……あんだよバカ神父」
「やっぱり体調悪い?」
「たりめーだ……あんたが入ってきた所為で更に悪化したぜ……」
そう言って、彼はまた布団の中に戻ってしまった。
彼の態度に少々むっとしたが、それもそうか、と思う。
僕は神父だ。勿論、この身には少なからず聖気を纏っている。
普段から、不用意に長く一緒にいると、下級悪魔の彼は僕の聖気に中てられてしまう。
恋人同士なのに。
契約してから二ヵ月弱、僕と菫は恋人同士として過ごしてきた。
僕は、ほんとうに彼に惚れたから。彼の方は、契約だから。
契約といっても、悪魔は意志を操ることはしない。彼らの扱う呪いは、すべて物理的なものでしかない。
だから彼にかけられた制約は、『魔界へ帰ることができない』というものだった。
僕から逃げることは可能だが、下級悪魔である彼は、人間界ではどこに行っても危険なのに変わりない。
よって、仕方なく彼はここに留まっているのだ。
しかし、彼はだんだんと僕と人間界の生活に慣れてゆき、最近では、僕のことをそれなりに受け入れるようになってきている。
抱き締めても抵抗しなくなった。キスをすれば、嫌がるのは最初だけ。まだ体に触れるのは少々恐がっているが。
更に言えば、たまに、僕に穏やかな視線をくれるようになった。確実に本物の恋人に近づいていると感じる。
僕は、布団からはみ出した彼の頭を撫でた。
艶のある黒髪に触れる。
すると彼は、目から上だけ出てきた。そして僕は、彼の黒に近い紫の瞳に睨まれる。
「まじで近寄んなよ……いつも以上に気分悪くなんだからよぉ……」
「僕は君を心配してるのに」
「だったら出てけ!」
彼は噛み付くように言った。
僕は少々驚いて、手を離してしまう。
気分が悪いだけなら、彼はあまり声を荒げたりはしない。
照れている時ならぶっきらぼうにもなるが、それなら、そういう類の可愛らしさが滲み出る。
しかし今はそうではなかった。
これは本気で不機嫌になっているらしい。
「……何を怒ってるの?」
「怒ってねえ」
「菫、素直に言いなさい」
「怒ってねえっつってんだろ」
「……」
話を聞いてあげようと思った。しかし仕事が絡まない時の僕は、あまり気長ではないと自覚している。
彼があまりに強情だったので、僕は、彼の布団を剥ぎ取ってしまった。
彼は飛び起きて、警戒するように僕から距離を取った。
「ぎゃあ! 何だ!」
「人の話を聞けない悪い子にはお仕置きしなきゃねえ」
「やだよバカ神父! 死ね! 変態っ!」
「布団を剥いだだけで変態なんて。
つまり君はそういうことを期待してるの?」
「なっ」
僕が冷ややかに彼を見ると、彼は顔を赤くした。
面白い。
彼はまだ15歳の少年であり、ここに来る前までは、色事には殆ど縁のない生活を送っていたようだ。
僕の手によって日々可愛らしく成長していく彼が、愛しくて堪らない。
僕が笑みを浮かべると、彼はびくりとした。
僕は素早く彼に近付き、口付けた。彼は驚いて目を見開く。開いていた唇の隙間に入り込むと、苦しげな息が漏れた。
短い口付けを終え、未だ苦しそうな彼に、僕は囁く。
「……今日は一日中忙しいから、今もあまり時間が無いんだ。
夜にはまた来るから、続きはその時にね」
「……え? ま、待て神父」
僕が離れようとすると、彼は僕の袖を引っ張った。
「なに?」
「夜は……仕事、ないのか?」
「うん。夜はみんな帰って、それぞれ家族で過ごすものだからね」
「……そうなのか」
「菫……」
彼は僕の言葉を聞くと、幾らか怒りを和らげたようだった。
そこで僕は、彼の不機嫌さの原因に思い当たり、口元を緩ませた。
「……もしかして、菫、最近僕が忙しいから寂しかったの?」
「なっ、ばっ、違えよバカ!」
「へえー……」
図星のようで、彼は真っ赤になった。
そしてこの動揺っぷりだ。これは確実にそのようだ。
やばいかわいい。
「おいバカ神父勘違いすんな! おい!」
「お仕事が終わったら、たくさん可愛がってあげるからね」
「いらねえよ!!」
今の彼は照れ隠しに声を荒げている。その証拠に、頬が真っ赤に染まっている。可愛い。とても。
「はいはい、わかったから、具合悪いなら寝てなさい」
「だから違うっつってんだろバカ! こらぁ!」
「ほんと可愛いなぁ。大好きだよ、菫」
「だっ……俺はあんたなんかだいっ嫌いだ!!」
「ツンデレー」
「じゃねぇよ!」
僕は彼の肩を押して、ベッドに戻らせた。
そして布団を掛けてあげる。
彼が抵抗せずに素直にベッドに戻ったのは、本当に弱っているからなのだろう。
「じゃあ、またあとでね」
「……ん」
もう一度頭を撫でて、額にキスをしてから、僕は彼から離れた。
扉を出る前に、後ろから声が掛かった。
「……早く戻ってこいよ、アレク」
「えっ」
僕がすぐに振り向くと、彼は驚いた表情になる。
僕はまた彼のもとに戻り、ベッドの脇に跪いた。
「な、なんだよ……」
「今名前呼んだ? 名前呼んだよね?! わあああもっかい言って!」
「うっせえ呼んでねえ! 早く行けバカ神父!」
僕は思わずもう一度キスをしてしまった。
すると彼はまた驚いて、今度は有りったけの力で僕を引き離した。
「あのなあ、仕事っ、してこいよ!」
「菫ー……」
「わかったから……あとでもっかい名前言うから……!」
「……絶対ね」
彼はこくこくと頷いた。
それを見届けてから、僕はやっと、彼の部屋を出た。
その日一日の仕事を上機嫌で終えた僕は、直ぐ様、彼の部屋に向かった。
そして、彼の今朝の不機嫌の理由を、一から聞いていた。
「……ガキどもが話してんのを聞いたんだけど」
「なに?」
「クリスマスってさあ……人間は……一緒に過ごすって」
「……」
「……その……恋人同士があ……」
「それで?」
「そ、それで……あんたは忙しいんだろうなって……俺だってどーせ体調悪くて寝たきりだろうと思ってたし別にいいけど……」
「……っふふ」
「笑うな!」
彼は真っ赤になって、僕の胸に顔を埋めてきた。
僕は彼の細い腰を抱く。
「……なんかもう契約とか意味無いような気ぃするな……」
「それは……もう君は心から僕が好き、ってことだね?」
「……」
僕は彼を見つめた。
彼は僕の顔を見て、嫌そうな顔になり、すぐに目を逸らした。
こんなに素直に喋ってくれるなんて。
普段なら、このようなしおらしい姿は見ることができない。肉体的に弱っているからか。
彼に対して悪いなと思うと同時に、魔族の力を弱めてくれるクリスマスに感謝した。
「……アレク」
「な、なに?」
いきなり名前を呼ばれて、どきりとした。
彼の顔を見ると、彼は――青くなっていた。
「えっ、菫、あっもしかして僕に抱きついてたから……?!」
「……っべえ……はきそう……」
「ええー……」
……結局その日の晩は、何があったわけでもなく、いつも通り、別々の寝室で眠ることとなった。
「……やっぱ近寄りたくねえ。あんたなんか嫌いだ」
「くっ……神父……やめようかな……」
残念ながらおわり