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□弟と僕
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 ドアを開けると、夕日の差し込む部屋で制服姿のまま、鞄を放り出したままで、弟がうずくまっていた。
 いつもなら帰ってからすぐに着替えて階下に降りてくるのに、今日はなかなか降りてこなかった。様子を見にと弟の部屋の扉をノックしてから中を覗きこむと、ずっと一緒に育ってきたのに、一度も見たことのないような顔がそこにはあった。
「誠二、どうした?」
 思わず声を掛けたが弟は僕の顔を見ただけで何も言わなかった。
 垂れ下がった前髪が目元に陰を作っている。整った容姿の、兄の僕よりも優しく、強く、穏やかで大人びた弟は、いま悲しみか、絶望なのか、なにかを失ってしまったかのような、深く深く沈みこんだ暗い表情をしていた。
 視線は合っていたのに、まるで僕など見えていないような、うつろな眼をしている。弟のこんなところを見るのがはじめてだった僕は、何を言えばいいかわからなかった。
「誠二?」
「……兄さん」
 もう一度、確かめるように弟の名前を呼んだ。すると弟は僕をやっと視界に入れた。昏い瞳が僕を見る。
「兄さん、俺はゲイかもしれない」
「え?」
 生気のない低い声が言った。
 僕はすぐには弟の言葉の意味がわからなかった。
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