08/29の日記

03:16
うお座 ※BL
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なんの話かっていうと説明しがたい
とりあえずBLではあると思う
ちょっとエロご注意



 彼は雨の中を歩いてやって来た。

 深夜の突然の訪問に俺は驚いたが彼は平然と言う。「なあ、シャワー貸して」と。
 玄関口でずぶ濡れの彼と出会って最初の会話がこれだ。

「いいけど……どうしたの、いきなり」
「お前に会いたくなって」
「は」
「冗談だよ」

 俺が言葉を詰まらせると彼は薄く笑った。
 張り付いた長い前髪をかきあげる。俺を見る。その目が言う。いいだろ、と。
 まともに理由を述べる気はないのだ。
 俺は黙って部屋に招き入れるしかなかった。

 彼の行くべき場所はほかにあるはずだ。
 ここからは少し遠いが自分の家だってある。終電がなくなったこの時間なら帰りづらいだろう。それは推察できる。
 だがここからすぐ近くには、俺よりももっと適任のひとの家がある。
 そこに行かない理由。ここに来る理由。
 それを言わない理由もあろうが、それは、それこそを言うつもりが、彼にはないのだろう。

 雨を滴らせながら彼は部屋に這入ってきた。

「すぐシャワー使う? いいよ」
「おう。借りる」
「タオルとか、いま持ってくるな」
「あー」

 彼は俺一人の棲む広くない部屋を知らないわけじゃない。
 俺が許可を出せば、場所の指示をしなくても、彼はすぐに目的の場所に向かった。
 俺は適当に見繕ったタオルを手にとって、脱衣所に行く。
 彼は既に服を脱ぎ始めていた。
 脱ぎかけのトップスを腕に引っかけた、上半身裸になった彼と目が合う。
 湿った肌。しなやかな筋肉の乗った、細くはない青年の身体。濡れた髪の間に、右耳のピアスが、彼の目が、光る。

「すげえずぶ濡れ」
「見ればわかるよ」
「パンツまでずぶ濡れなんだけど」
「傘差さなかった自分のせいでしょ」
「まあな」

 彼は俺に答えながら、腕に張り付く布を苛立たしげに脱ぎ捨てる。いまだ雫が滴るそれに、俺は視線をやった。

「……なんで傘差してなかったの?」
「気分」
「どういう気分だったらこんなびしょ濡れになるのかね」
「……」

 彼は答えない。答えないだろうと思って俺も聞いた。本当に答えを求めているわけではない。
 彼は黙ったままベルトに手をかけてジーンズを脱ぎ始める。重い布とベルトが落ちて、筋張った脚が目に入る。
 俺は彼の身体を目に入れないように彼の顔を見ながら、タオルをつきだした。
 彼は俺を見る。目があっても黙ったまま。タオルを受け取ろうともしない。

「ほら、これ使って」

 俺が言っても彼は答えない。
 彼の目が俺を射抜く。
 彼はわざとらしく笑うだけだ。

「なあ」
「うん?」
「別に、見たって減るもんじゃねえぞ」

 俺は頭に血が上るのを感じた。
 解られている。解られないよう努めていたのに解られている。目の前が赤く染まる。目をそらしても彼は俺を見ている。逃げ場がない。
 ほとんど裸の彼が俺を嘲笑う。

 咄嗟に逃げようとした俺の胸ぐらを彼は掴んで引き寄せた。
 目の前に彼の前髪が揺れる。
 俺よりも少し背の低い彼、間近に見下ろす彼の目には、俺を赦すような穏やかさだけがあった。

「なあ、俺は帰れないんだ」

 彼は優しい声で言った。
 唐突に凪いだ彼の感情は俺に対する憐憫だ。
 俺はそれに甘んじてはならない。だが彼がそう望んでいる。
 いつだって狡いのは彼の方だ。そして弱いのは俺の方だ。
 どう足掻いたって構図は変わらない。

 恋愛においては「惚れた方が負け」だ。悟られた時点で、負け。
 それが常だ。

 彼は俺の胸元を掴んだまま、俺を壁際に追いやった。
 背中に壁の固さがある。正面には彼が迫る。
 俺は動けないまま、彼の顔をまともに見てしまった。

「わかるだろ?」

 短い言葉のすぐあとの、乱暴な口づけに後ろ暗い興奮を覚えた。



 俺と彼はいい「仲間」で「友達」だ。そのはずだった。
 ただ彼は、俺の気持ちをわかっていた。俺は気づかれないままで彼の隣にいたかった。それでも隠しきれなくて、しかし、彼は気づかない振りをしてくれていた。お互いのために。
 その彼が、大事な恋人がいる彼が、俺の目の前で俺の恋人のように振る舞う。
 俺のベッドの上で、俺の上で、彼は自ら体の中に俺を導いて、切なげに呻いた。
 彼の熱くなった体に触れる。腰を引き寄せれば音を立てて奥深くまで埋まった。包まれている感覚はあっても信じがたかったので、繋がった場所を見ようとすると、彼の屹立が目に入った。……それもまた。
 思わず視線を逸らした俺を、彼は小さく息を吐いて、声を立てて笑った。笑い返すべきだったろうか。だが、俺にはそんな余裕もない。
 彼の腰を掴んで下から揺らすと、俺を見下ろす彼は笑みを深くした。その表情にぞくりとする。
 彼が自分から腰を揺らしはじめて、そのたびに水音が鳴る。その音がやけにいやらしく聞こえて恥ずかしくなる。彼の呼吸が、時折混じる甘い声が、俺の鼓動を早くする。

「……エロい顔してるぞ」
「なっ、何言っ……見るなよ!」
「いいじゃん、エロいことしてんだぜ」

 彼が言ったことに俺は顔が熱くなるのを感じた。ただでさえ火照っている身体が際限なく熱くなる。
 繋がったまま、彼が身体を折り曲げて俺の唇に近づいた。舌を絡める激しいキスをする。彼の腰の動きも激しくなる。
 唇の離れた合間に、彼が上擦った声の混じった吐息を漏らした。彼の動きにあわせて下から突き上げる。ベッドが軋む。奥深くを突いたとき、彼の身体がびくりと震えた。
 腕を伸ばして彼のそれを握り込んだ。彼は逃げるように身体を起こしたが、俺は構わず彼のものを扱き上げる。濡れているのがわかる。彼は下を向いて、彼の中の俺を最奥に沈み込ませるように、体重をかけて繋がっている部分を擦り付けた。
 彼の顔を盗み見る。……お前だってエロい顔してるじゃないか。
 俺は彼の表情を見てしまったことをすぐに後悔した。彼の中の俺自身が一層固さを増したような気がして。

 絶対に見ることはないと思っていた、好きな子の、こんな姿を目の前にしている。あろうことか事に及んでいる。
 何の間違いだろうか。
 間違いでしかない。

 手の動きを早くすると彼の腰の動きが疎かになった。俺の手のひらの中にある彼は、俺が手を動かすたびに、先端を濡らしていく。彼の身体が震える。
 俺も彼と同じ男だ。彼の限界が近いのがわかった。

「も……イク……っ」
「うん」

 彼が息を詰まらせて言った、すぐ後に彼の吐したものが俺の腹を汚した。
 息が整わないうちに、彼は前のめりに倒れ込んできた。俺の右肩に彼は顔を埋める。
 その背中に腕を回したい。髪に触れたい。
 手を伸ばした。
 が、彼には触れずに、空中で思い留まる。

 彼の肩に両手をかけた。

「とりあえず、抜こうか」
「……おまえ、イってねえだろ」
「いいよ、大丈夫」

 顔を上げた彼は俺を睨むように見たが、俺は彼が睨んでいるわけではないことも知っている。
 微笑んでみせれば、彼は不服と言いたそうな顔のまま、それでも大人しく従った。



 彼は嫌いじゃない俺を受け入れただけだ。

 彼の寂しさに俺は利用された。
 同時に俺は彼の寂しさを利用した。

「はあ……」
「あ」

 溜息と共に煙を吐き出した。
 それと同時に彼が小さな声を出した。

「どうかした?」
「なー、タバコ、くれない?」
「いいけど自分のは?」
「見ろよこれ」

 自分の着ていた服をごそごそと探っていた彼が取り出したのは、ずぶ濡れになってまだ湿り気を帯びた煙草のケースだった。
 もともとジーンズのポケットにソフトケースを入れて持ち歩く彼の煙草はきれいではない。それにしても酷い有様だった。

「それは……もうダメだろうな」
「だろ?」
「俺のでよければ、どうぞ」
「わりいな」

 俺はケースを手に取り、そのまま彼に手渡した。
 彼がいつも吸っているものとは別な銘柄だ。
 彼がその中身を一本取り出す。咥える。俺は火のついたライターを差し出した。
 俺の手元に彼の顔が近づく。彼の伏せられたまぶたに視線が行く。煙草の先端に火がつく。俺が手を下ろして、彼は俺から離れていった。

「どうも」
「……うん」

 彼が煙を吐き出す。俺も煙を吐き出す。
 室内が煙る。
 俺と彼の間には、テーブルの両端くらいの距離がある。
 正常な距離だ。友人としての。

 さっきまで何をしていたかを忘れれば、の話だ。

 口元に煙草を持って行きながら彼を見る。
 偶然同じタイミングで彼が俺を見て、目があったが、彼は平然と正面に向き直った。そして煙を吐く。
 俺もまた彼から視線を外す。煙を吸う。口内に入れるだけだ。目に見える溜息のように、それは出て行った。独特な甘い匂い。それ自体は非常に心地良い。普段なら。

 俺は短くなった煙草を、テーブルの上の灰皿に押しつけた。

「彼はいま何してるの」

 俺は彼を見た。
 彼は俺を見なかった。

 言うべきでないことを言ったことは自覚している。
 ある種、言うべきことだ。

 彼はゆっくりと煙草を口元に持って行った。
 とうに殆どが灰になっていることはわかっていて。

「……知らねえ」

 煙と共に吐き出した言葉はやけに小さかった。

「知ってる必要あるか?」
「さあ、どうなんだろうな」
「……」

 彼は俺を睨みつける。
 俺は微笑むよう努めていた。そうしているべきだからだ。そのまま言葉を重ねる。

「じゃ、お前がここにいることは知ってる?」

 彼の表情が見るからに強ばっていく。
 わかっている。俺は彼を見ていた。

「……それこそ知らせる意味があんのか?」
「俺にはわからないな」

 彼が手に持ったままだった煙草が、その灰が、崩れ落ちそうだった。

「灰皿」
「あ、っぶねぇ」

 俺は手を伸ばして、テーブルの上の灰皿を彼の方に押し出した。
 彼はすぐに気づいて、それを左手で引き寄せた。灰皿の縁に、右手の煙草からぼろりと灰が落ちた。
 俺は笑う。

「不注意だな」
「っせえな、お前が……」
「俺のせい?」

 彼は煙草を灰皿に押しつけながら俺を睨んだ。

「俺のせいにしたいならそれでいいよ」

 俺は努めて笑う。
 俺が言っているのは灰のことではない。彼もわかっている。わかっているから、すぐに言葉が出てこない。

「それでいいよ」

 俺は、彼がなにかを言う前に、口を開いた。

「誰にも言わなければ何もなかったのと一緒だ。何かあったとしても悪いのは俺だけで、お前も、彼も、何もしてない。それでいいんじゃない?」

 彼は黙ったままでいた。俺も、微笑んだままでいた。

「お前は俺のとこに雨宿りに来ただけだよね」

 部屋のなかには、俺の声以外の音はなかった。
 外の雨音が耳につく。
 まだ降り続いているのだといま気づいた。

「それ以外、なんの意味もない」

 彼は何も言わなかった。頷きもしなかった。

 目の前の彼はいま弱者のようだった。
 でも違う。
 結局損をするのは俺一人だ。
 でも、それでも、いい。


 どうでもいい。
 はじめからわかっていた。
 何をしたって俺は彼の恋人にはならない。


「さ、寝ようか」

 俺が立ち上がると彼は顔を上げた。

「床で悪いけど布団は貸してあげるよ」
「どうも」
「いいえ」

 彼に布団を手渡す。
 後ろを振り向かずに電気を消した。
 ベッドに這い上がって彼に背を向けた。



 君は寂しかっただけだ。
 俺を選んだことには意味はない。わかっている。
 ただ嫌いじゃない俺を受け入れただけだ。
 それだけだ。
 俺だって君に優しくする理由はない。君だってそうだ。

 ただ一点、明確に違うのは、俺は君が好きだってことだ。
 傷つけられない。どうあがいても俺は君を傷つけられない。ひどいことをしてやりたくてもできない。
 目の奥が熱くなっていた。背中の向こう側の君に悟られないように、枕に顔を押し付けた。

 なにがしたいんだかわからない。もう十分にひどいことをしたのかもしれない。だが君がそう望んだ。それも確かだが、やはり、悪いのはきっと、俺だ。俺だけだ。

 君がわがままなのが悪いのだろうか、君を寂しくさせる君の恋人が悪いのだろうか、それとも、ここにいる俺が、悪いのだろうか。
 わからない。全員悪い。だが俺は君が悪いとも君の恋人が悪いとも言わない。言えない。
 君を傷つけられないからだ。
 俺が悪いことにすれば二人とも守られるからだ。
 君を拒まなかった俺が悪い。君を部屋に入れてしまった俺が悪い。君を好きになった俺が悪い。
 そうだろう。



一度リアタイにぶん投げましたが、編集しようとしたらシステムさんに長すぎると怒られたのでこちらにあげ直し
わかってたんだ…メール投稿という反則技だと文字数制限にひっかからないだけでほんとはダメというのはわかってたんだ…
カテゴリ: 小説

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