09/08の日記

23:51
レンアイソウダン 続きの続き
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周太と美緒の話さいご
これで終わりです



 ふと彼は立ち上がって食器を持ち上げた。
 そのままキッチンに立つ。俺は彼を追いかけた。
 隣に立つと改めて身長差を感じる。彼のつむじが見える。
 俺は彼を見下ろしているけれど、この人は俺より年上で、きっと遙かに大人で、その分、隠し事が上手い。

「待って、俺、会っていいの?」
「ああ。つーか向こうにもお前のこと紹介してもいいかなとは思ってたし、まあいい機会だ」
「え」

 水道の音と食器がぶつかる音で自然と声が大きくなる。
 シンクに向かう美緒の表情は、全く普通に戻っていた。

「彼女できたら教えろって言われてたんだけどさー、できるわけもなく。
 んで今はお前はいるけど、それも何て説明しようか迷っててなぁ」
「あ、そのひと……」
「俺が男好きなの知らねえから」
「……うん」

 ああ、と思う。だから美緒は、その彼と『親友』という関係なのか。
 じゃなかったら。……考えかけてやめた。
 そんなことを考えるより、俺は、俺がいまこのひとと付き合っていることの方を大事にしたほうがいい。
 このひとを。
 きっと、彼の中で折り合いをつけようとしているのだ、と思う。
 好きだった人。いま付き合っている人。思い出と目の前のこと。
 俺はすこし覚悟してから口を開いた。

「……ちょっとうれしいな」
「あ? 何?」
「俺さ……」

 彼が素直に驚いたようにこちらを見たので、俺は言葉を続けた。

「俺、美緒のこと好きだよ」
「……おう」
「ひとに紹介してくれるって、美緒がちゃんと俺のこと好きってことだよね?」
「そりゃ好きだよ」
「……」

 さらりと流されてさらりと答えられた。
 彼は平然と洗い終えた食器を積んでいく。
 割と良いことを言ったつもりだったのに。

「あのさ……ほんとに俺のこと好きなの……?」
「好き好きちょー好き。突っ立ってねえで皿拭けよ」
「……」

 そう言ってふきんを突き出されたので、俺は大人しくそれを受け取るしかなかった。
 ちょっとでも美緒にかわいらしい反応を期待した自分がバカだった。
 さっきの発言を撤回したいくらいの気持ちになりつつ皿を拭いていると、洗い物を終えた美緒は手を拭って、キッチンから出ていこうとした。

「……なあ」
「はい?」

 立ち止まった気配。後ろから呼ばれる。
 返事をして振り返ったすぐ目の前に、彼はいた。
 目と鼻の先にその瞳があって。

 え、と思ったらもう唇が塞がれていた。

「えっ」
「ありがとう」

 一瞬で離れたあとに見えたのは微笑みだった。
 手が離されて胸倉を捕まれていたことに気づく。

「ちゃんと皿拭いとけよ」
「は、はい」

 気づいたらもう美緒は背を向けていた。

 知っていたけどまた思う。
 もう絶対適わない。かわいいなんて言えるのは早くて10年後だ。たぶん。

*

「……あー久しぶり。俺。……それは悪かった。
 ……。いや普通にしてたよ普通に。
 ああ、うん。……でさ、こんどうち来ねえ? 次の土日とか」

 彼が右隣で知らない人と話している。電話越しに。
 件の親友さんだ。漏れ聞こえる声は明るくて人が良さそうな印象だった。

「あのさあ……」

 彼は言いにくそうに言葉を切った。
 ちらりと俺を見たので俺も彼を見返す。
 俺は彼の左手が空いているのを知っていた。その手に自分の右手を重ねると、彼は俺の顔を見て、眼だけで笑った。

「紹介したいひとが居まして」

 そう告げると、電話越しに驚いた声、そのすぐ後に嬉しそうな声が聞こえてきた。

「……ああ……まあそんな感じ。……うん。
 で、いつ暇? ……そうか、じゃあ次の土曜でいい?」

 電話相手の興奮気味の声はまだ続いていた。
 美緒はそれに笑って返していたけれど、何かを言われて、途端に嫌そうな顔になる。

「ヤダ。それはやめろ……あ? 嫌だってマジで。
 ……わあったよいずれないずれ……はあ? ぜってーヤだ切るぞ。
 じゃあ土曜な。マジで連れてくんなよ。じゃーな」

 そう言って美緒は一方的に電話を切ってしまった。
 とりあえず今度の土曜日に親友さんが来るということしか決まらなかった気がする。俺は思わず口を開いた。

「え……切っちゃったの? だいじょうぶなの?」
「あー……ちょっと喋りたくねぇ奴が近くにいたから」
「えー……」

 美緒はふと俺の顔を見た。
 俺は彼を見返すしかない。
 ちょっと考え込むような顔。嫌そうに。なぜかはわからない。

「いや、大丈夫、お前の方がかっこいいから」
「なんの話?」

 そして言われたことの脈絡もよくわからなかった。

*

 いきなり切られた電話を見つめて、俺は苦笑いするしかなかった。
 切られた理由はわかっている。
 電話を奪おうと俺ににじり寄ってきていたコイツのせいだ。

「……切れちゃったの?」
「おう」
「美緒ってばほんと意地悪!」

 口をとがらせて言ったその言葉を、否定することはできなかった。
 確かに美緒は意地悪だ。昔から。
 次原美緒は俺の家の斜向かいに住んでいた幼なじみだ。同い年で幼稚園以前から知り合いで幼小中高と同じ学校に通った。いまはお互い大学生だが、大学も違うし、あいつが一人暮らしを始めたので、初めて離れたことになる。それでも会うし、仲は良いままだ。
 可愛い名前で可愛い顔をしている美緒さんだが、性格は結構悪いし口も悪い。美緒のコイツの扱いはかなりひどい。だが美緒がコイツを嫌がるのもわからなくもないのだ。
 俺と美緒の三つ下のコイツは、俺たちといっしょに育ったからか、なんというかマセている。
 よく俺たちの色恋沙汰に首を突っ込んで口出ししてきて、美緒はそれを物凄く煩わしがっていた。
 そして美緒は、今回もコイツが俺の隣に居るのを知っていきなり通話を切ってしまった。コイツが絡めば話が長くなるのが目に見えてたんだろう。

「……ていうか俺には電話なんてくれないのに、なんでトモ兄には電話するの」
「親友だからかなー」
「は? 俺も親友だもん。ていうか何の話だったの? まさか俺抜きで会うつもり?」
「ハハハ」
「誤魔化せると思ってんの?」

 コイツは鋭く目を光らせた。
 俺は目を逸らす。
 伝えるなと言われた。絶対連れてくるなとも言われた。
 どうしよう、バレてますぜ美緒さん。
 俺が笑って誤魔化していると、コイツは俺を睨んできた。

「絶対行く。俺も絶対行く」
「ごめんなあ、連れてくるなって言われちゃったからさー……」
「絶対行く!!」
「あのなあ、それになあ、向こうにも悪いし」
「はあ?」

 俺は言ってしまってから、あ、マズい、と思った。
 先方は俺だけを呼んだつもりだろうから、訪問者が知らない間に増えるのは困るはずだ。それは本当だ。
 思い切り訝しげな隣の奴を見やる。
 未だ俺を睨んでいる。

「……どこ行くの?」
「美緒んち……」
「俺が行って何が悪いの」
「う、うん……」

 俺はもう何を言っても墓穴しか掘れないような気がしていた。
 黙ってても感づかれそうだ。なんてったってコイツは勘が鋭い。あと俺は隠し事が下手すぎる。
 ……未だ俺を睨んでいる。

「あのな、美緒には言うなって言われたけどな、どうせいずれバレるっつーか美緒からお前にも話すと思うんだけどな、兄ちゃん隠し事ニガテだからもう言っちゃっていいよな?」
「……なに」
「美緒ゴメン」

 俺は口に出してここにはいない当事者に謝ってから、隣の奴を改めて見た。

「あのな、美緒、カノジョできたんだって」
「……え」

 俺が思い切って言うと、目の前の奴はぽかんと口を開けた。

「うそ……嘘でしょ?!!!」
「うおっでかい声出すな!」
「ありえない!!」
「ほんとだってば落ち着け!」
「だって……ありえないって……」

 俺の耳元ででかい声を出して身を乗り出してきたコイツを、俺はとりあえずたしなめる。
 ありえないと繰り返しながら俺の顔を見て、戸惑うような表情をした。

「ほんとにカノジョって言ったの? ほんとに?」
「えーと、紹介したいひとが居るって言われて、カノジョかって聞いたらまぁそんなカンジって言ってたぞ? そうじゃないの?」
「……そう」

 そんな感じねえ、と呟いてコイツは目を細めた。怖い。
 そしてその後言い放ったことに、俺は流石にツッコまざるをえなかった。

「俺よりかわいくないと認めない」
「男に勝ち目があるかよ」

 まだ見ぬ美緒のカノジョに宣戦布告するように瞳を燃やすコイツ。
 俺と美緒の三つ下の高3で、俺のいとこ。

「なにさ、俺可愛いでしょ?」
「いやお前ね、男だからね」
「可愛くない女の子より可愛いもん」
「……」

 自分がかわいい系のイケメンであることに自信を持ったコイツ。
 美緒がコイツを避けるのは若干の同族嫌悪もあるんだろうなと昔から思ってはいた。そして今、やっぱりそうなんだなと思い直す。

「お前ほんとにナルシストだよな、優希」
「俺が可愛いのは事実だし。
 とりあえず絶対俺も連れてってね、たぶんトモ兄のためにもなるよ」
「なんでだ?」

 優希は納得しないままの顔でこう言って、俺が聞いたことには答えなかった。





つうわけで今度はこいつが美緒んち荒らしに行くよ!やだなあ!!
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23:49
レンアイソウダン 続き
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周太と美緒の話つづき
初っぱなからやってますが何もエロくないです




 そうして、水の中でそういう事に至った。
 けれどもやっぱり。

「……あー……これは……」
「なあ、だから気持ち良くねえしやりづれえって言っただろ」
「……うーん」

 ぎちりと軋む感覚があった。
 彼のなかに少しずつ埋まる、けれども引っ掛かりを感じて、先に進むのをためらう。

 彼を見た。
 俺の肩に手を置いて、俺の腹のうえにまたがる、彼。
 膝立ちで、腰が浮いている中途半端な姿勢は少し辛そうだった。

 髪が濡れている。肌が湿っている。汗なのか水なのかはわからない。
 火照る体も頬も、湯船の中が暑いからなのか。それとも。
 ただ瞳が潤んでいる理由は一つだろう。それを見てしまうと、中断するのも嫌だなと思う。

 唇を合わせた。口のなかは熱い。
 彼の腰が動く。けれどもやっぱり、止まってしまう。

「……美緒、きつい?」
「正直きついっつうか気持ち悪い」
「ええっ?!」

 彼が本当に嫌そうな顔で言ったので、俺は驚いて、腰を引いた。
 浅くしか入っていなかったから、簡単に抜ける。彼はびくりと震えて俺に掴まった。

「ばっ……いきなり抜くなっ……!」
「わ、ごめ……てか気持ち悪いって何?!」
「はー……」

 彼は俺の膝のうえに腰を下ろして、俺に寄りかかった。
 腹に当たるものに気付いた。萎えてはいないようで、安心する。
 手で軽く擦るとゆるんだ声が聞こえた。かわいい。

「……みお……だいじょうぶ?」
「あー……お湯がさあ、入ってくるんだよ、中に。
 それがすげー気持ち悪くてさあ、我慢してたけどやっぱイヤ」
「あのさあ……はやく言ってください……」
「あー……」

 彼は俺に寄りかかったまま、大きく息を吐いた。
 背中を撫でると彼は脱力する。

「……ど、どうする?」
「風呂出てやろうぜ、ベッド行って」
「……お風呂沸かした意味……」
「やりづれえってわかっただろ」

 結局、上書きっていうのはできたんだろうか。
 さっきから目的を見失い続けている気がする。
 けれども、このまま続行するのも難しいわけで。

「……出よっか」
「うん」

 というわけで、入ってから大した時間も掛けないうちに、お風呂から出てしまった。

*

 ただ、一度そういう気分になってしまったために、二人とも、やめることはしなかった。
 昨日も十二分に同じことをしたにもかかわらず。
 乱れてるなあと思いながら仕方ないとも思う。それに相手も悪い。


 落ち着いてから時計を見ると、昼になっていた。
 気付いたとたんにお腹が鳴る。そういえば、朝から何も食べていなかった。

「美緒、お昼食べるよね? 俺作っていい?」
「あーうん、よろしく」

 彼はベッドに横たわったまま返事をした。
 と言っても、目は開いている。動くのがだるいのだろう。

 キッチンにあった材料で適当に二人分の昼食を拵えた。ありあわせで作ったパスタだ。
 それと紅茶を入れる。彼の分には砂糖は入れない。

「美緒ー、できたよー」

 リビングから呼んだ。ゆっくりと部屋から出てきた彼は、また眠そうな顔をしている。

 ソファーに並んで座る。
 彼は欠伸を噛み殺しつつフォークを握った。

「いただきます」
「……っただきます」

 消え入りそうな声。しかも言えてない。顔を見ると、目が半分しか開いていなかった。

「また眠くなったの?」
「ああ……黙って三分も横になってりゃ余裕だろ……。
 つーかお前も寝不足じゃねえの……」
「え……別に、ふつう」
「……」

 彼はまばたきを繰り返していた。低く唸っている。
 大丈夫かと思いつつ、俺は目の前にある食事のほうにかなり気が向いていた。

「冷める前に食べてよ」
「あー……」

 彼が眠気と戦っている間に、俺は食事を進める。
 彼のために唐辛子でも入れればよかったかなと思う。でもそれは俺が食べたくない。

 彼がゆっくりと食べるのを見ながら、俺は倍ぐらいの速さで皿を空けてしまった。
 いつもなら彼が先に食べ終わるけれど、今日は彼があまりにも遅い。そして、いつも遅い俺が、今日は速かった。
 手持ち無沙汰で、マグカップを手に取る。中身はまだ熱い。

「……はあ、やっぱ風呂でやんのは駄目だったな」
「うーん……」

 口を動かしているうちに覚醒してきたのか、彼は、今度はしっかりとした声を出した。
 確かに湯船のなかでするのは駄目だと思う。でも普通に一緒に入る分には悪くないと思うんだけど。

「さっきも言ったけど……俺はべつに、えっちしたくて一緒にお風呂入りたいって言ったんじゃないです……」
「だからさあ、ふつーに入んのは、風呂狭くする意味がわかんねーから嫌だって」
「……」

 結局、議論は平行線のままだ。
 さっきのお風呂は、なんていうか、無駄だったなあと改めて思う。

 そこで俺は思い出した。
 『上書きする』という話はどうなったんだろう。

 彼の方に視線を向けると、彼は未だ食事の最中だった。
 パスタをくるりと巻き取って口に運ぶ。それが最後の一口だった。
 彼が口の中のものを飲み込む間に、俺はマグカップに口をつける。

 彼が自分のフォークと俺のとを束ねて自分の皿の上に置いて、それから俺の皿と重ねるのを見ながら、俺は口を開いた。

「で、上書きするとかって、どうなったの?」
「あ? ……え、その話、もうよくねえ?」

 俺が話を戻すと、彼はロコツに嫌そうな顔をした。
 言い出しっぺはそっちだろうと思う。

「……さっきのお風呂はなんの意味もなかったんだね……」
「悪かったな」

 俺はつい、思ったことをそのまま口にしてしまった。彼が少し眉根を寄せる。
 気に障っただろうか。俺はいつもならそれを気にしてあまり余計なことを言わないようにする。
 でも今は、口を突いて出てしまった。棘のある自分の物言いに少し戸惑う。
 しかし彼は怒るでもなく、視線を落として少し悩む素振りをした。それから、俺の方を向いた。

「……なあ、お前さあ」
「はい」
「俺の昔の話とか、聞きたいの?」
「え」

 そして意外なことを言われたので、俺は非常に驚いた。

「えっ? いいの?」

 聞くなと言われたことはなかった。
 けれど互いに避けていた。
 あんまり話していいことじゃない気がするし、なんだかショックな内容な気もしていたから。そしてやっぱり、さっき聞いてしまった話もなかなか聞きたくない話だったし。
 けれども。

「……話してくれるんなら……聞きたい……かな」
「……」

 言ってみた。
 彼をちらりと見ると、彼は正面を向いて、難しい顔をしていた。

「……あの、嫌ならいいよ、ぜんぜん」
「いや……嫌っつうか……」

 言葉を切る。俺を見る。目が合うと彼は、珍しくも困った顔をした。

「何言っていいかわかんねえ。
 おまえ、聞きたいこと言え。答えるから」
「えっ」

 彼はそう言って眉根を寄せるのをやめた。めんどくさくなったなこの人。
 こういうときに真面目に話をしてくれないのは嫌なところだと思う。でもまあ、ごまかしたりもしない。それもわかっている。
 俺は半年くらい一緒にいて、いいかげん学んだ。この人は嘘はつかない。自分にも人にも、嘘や不正を許さない。人並みに、やましいことは隠してはいる。でも、言わなきゃいけないことは絶対言ってくれる。
 俺に求める分、美緒はちゃんと応える気がある。……そう見えなくても。たぶん。

 聞いたら答えるっていうのはたぶん本当だ。たぶん。
 俺は彼を見た。
 彼はソファーの背もたれに体を預けて言う。

「おら、何聞きてえんだよ」
「えー、えっと……」

 振り方が雑だなあと思いながら俺は考える。ぱっと思いついたものは……あったけれど、口に出すのをためらった。

「……」
「……早くしろよ」

 俺は思わず彼の顔を見つめた。
 早く答えない俺に対して軽くイラついた顔をする彼を見て思うのは、やっぱり、この人、顔形はかわいいよなあとかそんなことで。
 聞きたいことは思い付く。でも、その答えは予想できる。そんなこと聞いても、聞いたこっちが傷つくような気がした。

「……おい、聞かねえんだったらこの話題二度と出させねえぞ……」
「あっ、やだ、まってごめん」

 低く言われてやっと俺は決心して、勢いのままに口に出した。

「美緒、いままで彼氏何人いたのっ?」

 言ってしまえば気が楽になった。けれど逆に、彼の顔が強張った。

「……美緒?」
「……ゼロ」

 おそるおそる聞き返すと彼はぼそりと溢した。俺はその音は認識した。しかし意味がわからなかった。

「は?」
「……」

 思わずぞんざいに聞き返す。彼はものすごく嫌そうな顔になった。そして俺を見て、そっぽを向いて……憎々しげに言った。

「……お前がはじめて」
「……えっ」

 この上なく憮然とした表情の相手に根掘り葉掘り聞く気にはなれない。
 けどおかしい。絶対おかしい。
 俺が固まっていると彼はちらりと俺の顔を見て、俺が混乱していることは読み取ってくれたのだろう、少し言葉を足した。

「いろいろ遊びはしたけど付き合うっつー関係になったことはなかった。
 竹谷さんもただ遊ぶだけでぜんぜん俺のこと好きじゃなかったと思うし俺もあの人は正直もう関わりたかねえ」
「そ、そうなんだ……」

 ……最後の方は個人に対する恨みがひしひしと感じられた。
 俺がわかったことは、つまり、美緒は付き合ってない男の人とちょっと人には言えない意味で遊びまくったということ、か?

「……」
「……なんだよ」
「いえ」

 結論としてはやっぱり美緒は美緒だなあということだった。
 美緒はこれを告白し終えるとなげやりな気持ちになったらしい。だらしない姿勢になりながら俺に聞いた。

「で、あと聞きたいことは?」
「え? んー、なんだろ」

 こう言われて俺はまた考える。
 最初のはぱっと思いついて聞けたけど、その後のことを考えていなかった。
 ふと思う。いま俺は美緒と恋バナしてるのか。

「……すごいな俺」
「あ? なに?」
「あ、いやなんでも。
 あ、そうだ、美緒」

 思わず口に出してしまったことをごまかすように俺は言った。特に何も考えずに。

「好きな人とかいなかったのー?
 なんちゃって、あはは」
「……あー」

 果たしてそれは間違いだった。
 続いた言葉に、俺は今日一番のショックを受けることになる。

「……まあ、いたよ」
「え」
「好きな人」

 その声色に思わず彼の顔を見た。けれど美緒は俺を見てはいなかった。
 その横顔にどきりとする。
 遠くを見ている。
 今、その人を思ったとき、浮かんだ表情は彼の心を写しているはずだった。

「……一人だけな。何事もなく終わったけど」
「……美緒」

 大したことではないとでも言うように、彼は薄く笑った。
 言い知れない不安が広がる。俺は独りで怖くなる。

「会ってみるか?」
「え?」
「そいつ」

 彼は事もなげに言う。俺を見て。
 笑ってはいたけれど、それは表面だけだった。
 その裏に何を隠しているのか。多分聞いても答えない。これには。でも聞くまでもない。
 それは、その感傷の名前は、今言うべきではない。
 俺は口を開いたが言葉は出なかった。

「親友なんだよ」

 彼は俺から視線を外して、静かに言った。






もうちょっとだけ続くんじゃ
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23:48
レンアイソウダン
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美緒さんと周太の話。





 目を覚ますと、隣にいたはずの人がいなかった。
 遠くから微かに水を使う音が聞こえる。お風呂かな、と思う。
 身を起こすと、自分が服を着ていないことに気付いた。枕元にたたんであった、昨日の夜に投げ捨てたはずの下着と寝間着を身につける。
 聞こえていた音が止んで、お風呂場の戸が開く音がした。

 喉の渇きを覚えて台所に立つ。
 出しっぱなしのコップに水を汲んで、飲み干した。

 コップをすすごうと蛇口に手を伸ばすと、洗面所の引き戸が開いた。
 そちらを見る。ぺたぺたと裸足の足音が聞こえて、その人は台所の入り口で止まった。
 彼は湿った髪のままで、肩にタオルを掛けているが、服は下だけしか着ていなかった。細い腰が見える。
 髪から雫が滴っている。

「おう、起きたか。シャワー入る?」
「おはよ。入るかな」
「ん。お湯張ってねえから」
「うん」

 それだけ言うと、彼は欠伸をしながらまっすぐ寝室へ向かった。
 俺はその背中に声を掛ける。

「美緒、寝るなら髪乾かして、服着て」
「あー……出かける前にはやる」
「風邪引くよ……」
「バカじゃないからな」
「……」

 出かけるつもりもないくせに。
 俺は呆れて溜息を吐いた。
 眠いときは眠気を優先する彼に、そしてシャワーを浴びても眠気が取れないという彼に、呆れる。
 そういうところは子供みたいだなあと思う。怒られたらいやだから、言わないけど。

 すすいだコップを置いた。
 洗面所に行き、ドライヤーを手にする。それから寝室へ向かった。

 彼はタオルを床に投げ捨て、自身もベッドに倒れこんだようだった。
 よくお風呂で寝なかったなと思うが、そういえば、どんなに疲れていても彼がお風呂で寝たことはない。そういうふうにできているのかもしれない。

「美緒。寝ないで、起きて」
「あー……?」
「美緒」

 ベッドにうつぶせになる彼を叩き起こすと、彼は俺を睨んできた。
 しぶしぶと言った感じで、その場に座って、俺と向かい合う。

「……んだよ」
「髪、やってあげる。あー、シーツすごい濡れてるじゃん……」
「あー? いいよ別にぃ……」
「だめだよ、もう、ほらあっち向いて」
「あー……ふわあ」

 彼はまた大きな欠伸をした。
 俺はコンセントを差して、ドライヤーのスイッチを入れる。

「……」
「熱い」
「あ、ごめん」
「ん……」
「……すぐ乾くね」
「そりゃあ、お前と比べたらなあ……」

 彼の短い髪が乾くのは早かった。
 乾かし終わると彼はまた寝転んだが、今度は仰向けで俺を見た。

「周太ぁ」
「はい、なんですか?」

 俺は床に座って、ドライヤーのコンセントを抜いて、コードをまとめていた。彼の方を見ずに答える。
 彼は暫く何も言わなかった。
 俺が彼の方を振り返ると、彼は手招きしたので、俺はドライヤーを手にしたままベッドの端に座った。
 彼は寝転んだままだ。

「なに?」
「寝る」
「うん」

 俺が聞くと彼が短く答えたので、俺も浅く頷くだけで答えた。
 すると彼は不服そうに目を細める。
 唇が開いたが、言葉は発されなかった。
 彼が寝返りを打って、身体ごとこちらに向いた。片腕が伸びてきて、首を捕まえられた。そして引き寄せられる。

「え、なに、俺も?」
「んん」
「……」

 どうやらお誘いを受けているようだ。目が、早く来いと言っている。誘うというより命令か。
 ぐいぐいと引かれるので、仕方なくドライヤーを床に置いてから、彼の腕に納まる。
 すると首に抱きついてきたので抱き締め返した。猫のような甘えた声がする。
 まだ少し湿った髪が首に当たった。

「……眠いの?」
「ねむい」
「俺、さっき、お風呂入るって言ったじゃん」
「俺入ったしぃ」
「俺は入ってないです……」

 正直言って俺は眠くない。
 しかし彼は、俺を離す気はなさそうだ。
 仕方ないので彼のお昼寝に付き合うことにする。が、こちらの会話に少し付き合ってもらおうと思った。

「ねえ、美緒……」
「んだよ」
「美緒、いっつも一人でお風呂入っちゃうよね」
「ああ。……何?」

 じかに背中に触れる。少し冷えている。さすがに湯冷めすると思って、俺は布団に手を伸ばして引き寄せた。
 見上げる視線に気付いて、俺も彼の顔を見た。
 彼は眉間に皺を寄せていた。怒るというよりは訝しむというように。

「悪いか?」
「……ちょっと、さみしいかな」
「ああ?」
「起きたとき隣にいないんだもん」
「……」

 彼は眉間に皺を寄せたままでいた。しかし今度は理解できないという表情。

「それぐらいで寂しいって言われてもよお」
「だって……いつもそうだから」
「じゃあお前が早く起きりゃいいだろうが」
「そうじゃなくて……」

 俺は弁明しようとしたが、言葉が見つからなかった。
 それよりも言いたい事を言ったほうが良い気がした。
 改めて、俺は彼を見た。彼は「なんだよ」と言う。

「いや、俺はいっしょにお風呂に入りたい」
「……」

 そう言うと、彼は呆れたとでも言うような顔をした。

「なにさぁ、いいじゃん」
「……それだけかよ」
「そうだよ。でも一度もないじゃん。一回ぐらい」
「ヤダ」
「ええっ」

 彼は考える間も無く即答した。俺はちょっと悲しくなる。
 彼はまた欠伸をして、俺の肩口に額を擦りつけた。

「ねみい……」
「……美緒、なんでそんなにお風呂一緒に入るの嫌がるの」
「前も言ったろ、狭いのヤなんだよ……」

 確かにそれは前にも聞いた。
 リラックスするためにお風呂に入るのに、ただでさえ狭いお風呂をさらに狭くするのが嫌だ、とか。
 それでも、一度くらいは、一緒に入ってくれてもいいじゃないかと思う。
 頬を俺の胸にあてながら、目を閉じたまま、彼はまた口を開いた。

「それにさぁ、水ん中でやっても気持ち良くねぇじゃんかぁ……」
「……」

 彼は本当に眠いようで、だんだんと語尾が怪しくなってきた。
 言っている内容は結構ひどい。しかも経験した話っぽい。それも俺の知らない話。

「……それ、誰としたの」
「あー? 竹谷さんだったかなぁ? 気持ち良くねーって知ってて誘いやがって……」
「……」
「……あ」

 で、知らない名前。しまったという顔。
 彼は平常時ならこんな失言はしない。
 彼は目蓋を開いて俺の顔を見た。
 伺うような視線。俺は彼の目を見ない。

「……タケヤさんねぇ……」
「……ごめん」
「べつにいいです」

 彼は珍しく素直に謝った。悪いと思うんだなあ、などと、他人事のように思う。
 彼に答える俺の声は冷たかったかもしれない。彼は気まずそうな顔をした。

「……もう関わりねえし……今後もねえよ」
「わかってるよ。昔の話でしょ?」
「あー……ほんと、悪い」
「いいってば」

 俺は目を背けた。
 昔のことを聞いて怒ったって仕方がない。俺だって何人かの女の子たちと付き合ってきたし、それなりの経験もしてきた。
 彼の場合、『それなり』どころじゃない、というのも、理解しているつもりだ。でなければこの人がこんなにエロいことが好きでこんなにエロくてこんなに俺にエロいことを要求してくるということの方に納得できないし。……そう言い聞かせているところも、もちろんあるけれど。

 腕のなかの彼が動いた。
 顔の両側を手のひらで包まれる。
 気付くと間近に彼の顔があった。
 俺は不服そうな彼に言う。

「……あのさ、別に怒ってもないから、気にしないで」
「……おまえが気にしてんだろ……」
「……」

 触れるだけのキスをした。
 不機嫌そうな彼の表情には何故か色気があった。

 やっぱりわかるんだなあ、と思う。
 彼の言うとおり、気にはしている。でも。
 どうしろっていうんだろう。

 俺ははぐらかすように言った。

「眠いんでしょ、寝ればあ?」
「目ぇ覚めたわ」
「自分のせいで?」

 自分で思っていたより意地の悪い言葉が出る。彼は舌打ちした。
 俺はそんな彼を見て思わず笑ってしまう。
 笑った俺を見て、彼はわかりやすく顔をしかめた。

「……まじで怒ってねえの?」
「うん」
「……」

 ますます不可解だとでも言いたげな顔。また可笑しさが込み上げる。

「昔のこと怒ってもしょうがないじゃん」
「でも気にしてんだろぉ?」
「うーん……まあ……それは」

 彼はなぜか、まだ話題を変えようとしなかった。憮然とした声と表情に、可笑しさは引っ込んでしまう。
 でも、ほんと、どうしろっていうんだろう。
 怒るつもりはない。彼の過去は気になる。でも気にしたって過去は過去で、変えられるものじゃない。
 彼が誰と何をしていたって、俺がそれにどうこう言えるわけでは、ない。

 それは彼もわかっているんだろう。
 だからこそ、か。俺を気に掛けてくれる。

「……ああ」
「なに?」

 彼は何かを思いついたようで、声を上げた。
 俺が彼を見ると、彼は俺を見据えて、言った。

「なあ、上書きすればいいんじゃねえ?」
「え?」

 俺が言葉の意味を理解する前に、彼は体を起こした。
 そして、寝転んだままの俺を、彼が腕を引いて起こす。

「えっ?」
「だからさぁ、一緒に風呂入ってやるっつってんだよ」
「え?!」

 そんなこと絶対言ってない。
 わけのわからないままの俺を置いて、彼は部屋を出ていった。

「上書き、って?」

 一人呟く。何を上書きすると言うのか。それと風呂がどうつながるのか。

 彼はすぐに戻ってきた。
 床に投げ捨てていたタオルとドライヤーに気付いて、彼はそれらを拾い上げる。

「……あの、美緒、どういうこと?」
「あん? だからよぉ、俺の経験を上書きしちゃえばいいんだろ?」
「……」

 彼はタオルを畳みながらぞんざいに答える。
 俺は未だ整理できずに、ただ彼を見ていた。
 彼が俺を見て、俺がわかっていないことに気付いてか、面倒だとでも言うような顔をする。

「だからさぁ……俺が風呂でセックスした相手を竹谷さんじゃなくてお前にしようってことだろ」
「……えっ」

 そう言われて、ようやく理解した。
 けれども。

「あ、いやそれ違うって!」
「はー? なんだよ」
「俺べつにお風呂でえっちしたいわけではないよ!」
「あん? ……ああ……あれ、何の話だっけ」
「……」

 脱線に脱線を繰り返した結果、結局、何を追求していたのかがわからなくなっていた。
 いや、俺はただ一緒にお風呂に入りたいだけだったはずなんだけれども。

「……」
「……とりあえず、今、風呂沸かしちゃった」
「ええっ」

 彼は俺の目を見た。
 こんな時だけ可愛らしい態度を取って。

「どーするよ?」
「……一緒に入る?」
「で、する?」
「……昨日もさんざんしたじゃん……」
「ははは」





続きます。
タケヤさんは適当に性格悪そうな社会人を想像しといて下さい。それでオッケーです。
カテゴリ: 小説

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