03/24の日記
22:20
太陽と銃声
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ひさしぶりに亮と優希の話
おそらく大学卒業後の社会人の二人です
GRAPEVINEの「太陽と銃声」という曲の二次創作というかなんというか
がっつり歌詞とかが出てくる変な話ですなんだこれはって自分でも思うわなんだこれ…
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呟くような声が聞こえる。
誰に聞かせるつもりもなさそうな、小さな声。
流れる水のように淀みないメロディが鳴っている。その裏に、掻き消されそうな声が確かにある。
これは彼の歌声だ。
鳴っているのはギターの音だと気づいた。
俺は眠っていた。いま、目が覚めた。
まだ身体はベッドに横たえたまま、瞼だけが開いて、目の前の光景を認識する。
ベッドから少し離れたところに彼がいる。
床に座ってアコースティックギターを抱えて弾いている。手元を見ているから、こっちは見ていない。長く伸ばしすぎた髪が垂れ下がって、その横顔を隠している。カーテンのような髪の奥で、唇が少しだけ動いている。
呟くような抑揚の少ない声、だが確かに節がついていて、それが歌なのだとわかる。
しばらくの間、ただ眺めていた。俺は寝起きが悪いという自覚がある。彼もそれを知っているから、俺を起こそうともせず放っておく。今は何時だろうか。確かめるために起き上がるのも面倒で、ただ彼の指が鳴らしているギターの旋律を聞いている。
流れる水のような。終わりがないような。
俺がこのまま横たわって聞いていれば、この旋律は鳴り止まないのかもしれない。それなら俺はずっと、このまま横たわっていてもいい。さっき開いたばかりの瞼を閉じた。
すると、しばらく口を閉ざしていた彼が、ふと思い出したように歌い始めた。
「禁断の実を、もう誰も畏れない」
禁断の実、と、聞こえた。
聞き取れる言葉を聞き取っても意味はわからない。ただ、変な歌詞だなと思う。彼はそういうのが好きなのだとも、俺は知っている。
「震える脚を知らんぷりして」
彼の音楽の趣味は俺にはわからない領域だ。別にわかる必要もない。これは彼の作った曲だろうか、それとも彼の好きなバンドの曲、とかだろうか。それも知らない。知っている曲もあるが知らない数の方が圧倒的に多いのだ。別にそれでいい。すべてを知る必要なんてない。無理だから。
「クルーエルワールドで恋をしようか」
やけにはっきりと聞き取れた言葉に驚いて、思わず瞼を開いた。
恋、と言った。
およそ彼の口から飛び出るとは思えない単語だった。普段言いそうにないし、彼が書いた歌詞にだってそう簡単には出てこない。彼の顔を見つめる。気づくと彼はまた口を閉ざしていた。ギターを弾くことに没頭しているように見えた。こっちを見ることなんてしない。さっきから何回も同じようなフレーズを繰り返しているのに、さっきよりも熱が籠っているように見える。そういう曲の構造なのだ。曲は進んで、少しずつ変化している。それは聞いていればわかる。
少しずつ変化を繰り返し、うねり、高揚していたフレーズが、ふと落ち着いた。さっきから何回も聞いていた形に戻った。彼自身も落ち着きを取り戻したように見えた。
「きっと、あなたは、裁けないだろう」
続けて聞こえてきた言葉に俺は少し落胆した。やっぱりわけがわからないからだ。
「これ、なんの曲?」
俺がベッドの中から声を掛けると、彼は面白いくらいにビクリとした。
驚愕した表情のままこちらを振り返る。曲は終わっていたのにギターは握ったままで。俺はその顔を見て笑ってしまった。それからやっと身を起こした。
「起きてたのか」
「亮の声で起きた」
「ああ、悪い……ってこともねえか、もう昼だ」
反射的に謝った彼は、首を回して時計を見てから前言を撤回した。もうそんな時間だったか。
あくびが出た。けれど頭は冴えている。身を起こしてから気づいたが、俺は服を着ていなかった。昨晩脱いでそのままだったようだ。
俺がベッドから抜け出す間に、彼はギターを部屋の隅に追いやった。彼の棲む部屋は汚い。片付けても何度でも汚くするので俺は半ば諦めてしまった。
ベッドのすぐそばの床には、俺の脱ぎ散らかしたあとの服がそのままの形で放置してある。
「で、さっきの曲、亮のバンドのやつ?」
「いや。これはGRAPEVINE」
「あー」
服を拾いながら同じ質問を繰り返した。彼はキッチンに向かって、俺には背を向けながら答えた。
GRAPEVINEか。その名前は知っている。彼の好きなバンドの一つだ。詳しくは知らないけれど、変な歌詞のバンドというイメージはある。俺は一人で納得しながら、服を身に着けていく。
「飯食う?」
「うん」
俺の返事を聞く前にすでに用意を始めていたのも見ていたけれど、素直に答えておいた。
恋。
そんな単語は口に出すのも恥ずかしがりそうなものだが。
目の前の彼は、恥ずかしげもなく大きな口を開いて食べ物を飲み込んでいく。早食いなのは昔から変わらない。俺が何度注意をしてもだ。
昼食を終えて片付けて、しばらく何をするでもなくだらだらとしていた。
「ねえ、さっきの曲」
「あ?」
「なんて名前?」
大して面白くもないテレビを眺めていた彼は、急な質問に少し驚いたようだった。いくらかの間を置いてから答えが返ってくる。
「太陽と銃声」
タイトルを聞いてもやっぱり、すんなりと理解できるものではなかった。『太陽』と『銃声』って。その2つの単語が繋がる意味もわからないし、それが『恋』という単語に繋がっていくことも想像できない。
まあそういうものなのだろう。太陽と銃声。口の中でその不思議な文字列を繰り返しながら、俺は手の中のスマートフォンにその言葉を打ち込む。
「何?」
「歌詞が気になってさ」
「なんで?」
彼が短く問う。俺も簡潔に答える。
「なんでだろう」
「は?」
この歌のもともと持つ魅力のせいかもしれないし、彼が歌ったから引っ掛かったのかもしれない。わからない。だから調べている。
お目当てのものはすぐに出てきた。太陽と銃声、というタイトルの曲の歌詞。似たような題名のついた曲は他にはないんだろうなと思う。だからすんなり見つかったのだろう。頭から読んでいく。
〈禁断の実〉。人間の知性の象徴か。
〈食べた憶えのない/透明なその眼差しで〉。知性というより穢れとかそういうものか。
〈狂える明日を照らしておくれ〉。ああ、もうこの時点で言ってることが難しい。もうちょっと分かりやすく話してくれないものか。ファンにとっては難解なのが魅力なのか。亮の書く歌詞もそういう傾向にある。
「……気に入ったのか?」
「どうだろう」
検索してまで真剣に歌詞を読んでいるように見えるのか、彼は心配しているようにも聞こえる声色で訊いてきた。俺はそっけなく答えて読み進める。読み進めてもよくわからない。
3段目に差し掛かって、ここを歌っていたのがたまたま聞き取れたのだと気づく。
〈禁断の実をもう誰も畏れない〉。
〈震える脚を知らんぷりして〉。
〈クルーエルワールドで恋をしようか〉。
禁断の実を畏れる? 禁断の実を食べた憶えのない透明な眼差し……とさっきは言っていた。禁断の実は人間の穢れとかそういうもののこと? でもみんなそれを畏れていない。
でも歌の主人公はたぶん畏れている。畏れているから脚が震えている。それでも、それを知らんぷりして恋をしようとしている。
クルーエルワールド……つまり、残酷な世界で……。
文字で見てみても、難しいことはわかる。難しいことしかわからないとも言える。俺は知らないうちに溜め息を吐いていた。
「……亮はこの曲が好きなの?」
「あ? ……まあ、好き?」
急に話しかけられたからか彼はまた驚いていて、歯切れ悪く返答をした。
「つーかあの曲のアルペジオが好きで」
「アルペジオ……」
「何て言うんだ、その、ギターの……」
彼は言葉で説明しようとしたが途中で諦めたようだ。普段の彼なら答えられたかもしれない、けれど彼はいま、たぶん少し戸惑っている。
部屋の壁際に置いてあったギターに手を伸ばして、その場で抱え込む。ピックは持たないで、指で弾き始めた。
さっき何度も聞いたフレーズだ。流れるような、いつまでも続きそうな繰り返し。でも今回はすぐに止んでしまった。
「……これが好きだから」
「そうなんだね」
彼が演奏する指を止めてしまったことを、少し惜しいと感じた。俺はやっぱりこの曲が好きなのかもしれない。
彼が顔を上げたから、目が合った。俺は彼を見ていた。
「ねえ、もう一回歌って」
「え、や……やだ」
「なんでぇ」
俺のお願いを彼は簡単に無下にした。視線すら逸らされる。ひどい人だ。知ってたけど。
「お前が寝てると思ってたから歌ってたんだ、聞いてねえと思ってたから……」
彼は誤魔化すような早口で言った。照れている。わかっていた。彼は昔からずっと照れ屋なのだ。人前でギターを弾くのはよくても歌うのは嫌なんだそうだ。わかっていて嫌がりそうなことをお願いした俺も、ひどい人間かもしれない。
昔と変わらず……昔と変わったことと言えば……少しは俺に対する態度が軟化しただろうか。
昔は、彼は俺を畏れていたかもしれない。
彼は俺の、彼に対する恋愛感情というものを、畏れていたかもしれない。
受け入れることも、同じ感情を返すことも。一緒にいるようになってもう何年も経った今はそんなことも感じなくなったけれど、最初は時間がかかったものだ。
あ、そういうことか?
俺は再び手元のスマートフォンに目を戻した。彼が急に黙りこくった俺に視線をくれたのを感じたけれど、今度は俺が顔を上げなかった。
「……なんなんだよさっきから」
「うん、なんとなくわかった」
「何が?」
「この曲の意味」
「そんなこと考えてたのか」
彼は非常に意外そうにしていた。まあ、そうだよなと思う。俺が彼の好きなような音楽に興味を持つとは思っていないだろうし、実際普段はほとんど興味を示していないのだから。
「もっかい歌ってよ」
「やだっつってんだろ」
またお願いしてみたけれど断られる。今度は本当に彼の歌を聞きたいと思っていたのにだ。
「んーじゃあ俺寝てるから」
「あ?」
俺は思い付きで床に寝転んだ。腕を枕にして寝る姿勢を取る。少し離れたところにいる彼が、戸惑っているのがわかる。
「誰も聞いてないから、歌って」
「……」
そして俺は瞼を閉じた。彼は黙って、しばらく経ったあと、諦めたような溜め息が聞こえた。
弦を弾く音が聞こえてくる。一つ一つの音が繋がって、メロディになる。優しい音色だと思う。囁くような彼の声がする。
俺だけのために歌ってくれる声だ。
確かに、彼は最初は怖がっていた。けれど、それでも俺と恋をしてみようと思ってくれたから、いま、こうして二人でいる。
彼はこの世界のことを残酷だと思っているだろうか。
彼の弾くギターの音と彼の声に満たされている今、少なくとも俺にとっては、優しくて心地の良い、愛すべき世界だと思う。
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