03/07の日記

20:01
パティシエ×甘党の小話
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今朝見た夢の内容をしたためただけの話です。たぶんBLです。
名前も特になく、受け攻めと攻めの職業がパティシエであること、そして受けさんが美形ということしかわかりません
受けさんにあまあまな攻めさんです
唐突に始まり唐突に終わりますが夢なので仕方ない。許せ。





 ここ最近残業続きの彼は、今日もまだ帰宅していなかった。
 時計を見る。彼の職場の定時は過ぎているが、まだ大丈夫だろう。彼が帰る前に素早く済ませてしまおう。
 皿とスプーンを用意する。自分の職場から持ち帰ったものを、冷蔵庫から取り出す。それらをダイニングテーブルに運ぶ。さあ早く食ってしまおう、と柔らかい表面にスプーンを突き立てようとした瞬間に、玄関が開く音がした。

「ただいま」
「お、おかえり」
「ん? それは……」
「食わせないぞ」

 リビングに入った彼は、目敏く俺の手元にあるものを見つけた。大抵のことには鈍い人間のくせに、こういうときだけ鋭いのはなんなのか。
 食べたいと言われる前に食わせないと宣言した。すると彼は、子犬のようにわかりやすく落胆する。
 ともすれば近寄りがたいとすら言われがちなクールな美貌の彼は、甘いものを目の前にした時だけ子どもかというくらいに表情が変わる。その可愛さにうっかりほだされてしまわないように、俺はいつも苦心している。

「それ、試作品?」
「そうだよ、だからダメだ」
「きっと美味しいのに」
「ただ美味しいだけで完成品じゃないからダメだ!」

 そう、これは俺がシェフとして働く料理店で出すために開発中の、さっき店で作ってきたパンナコッタだ。
 これ以上何かを言われる前に、これ以上悲しげな目で見つめられる前に。大きくスプーンですくってぱくりと口に入れる。そりゃ普通に作ったので普通にうまい、けれどなんの面白味もない。こんなものは客には出せない。
 俺が大半を食ってしまったのを見て、彼がわかりやすくしょんぼりとして見せた。胸が痛む。

「おいしそうなのに」
「ダメだ」
「僕がそういうお菓子が好きなのは知ってるよね」
「知ってる、けどダメだ」
「……最近、きみの作ったお菓子を食べていない」
「……」

 隣に来た彼が、至近距離で俺を見つめる。うるうるとした目で懇願する。彼がそんな目をするのは、甘いものを眼前にしてお預けを食らったときか、ベッドのなかでくらいだ。
 そして俺は彼のそういう顔に弱い。自覚がある。半端なものを他人に食べさせたくないというプライドよりも、彼を甘やかしてしまいたいという気持ちが勝ってしまいそうになる。いつもそうだ。

「ダメ?」

 揺らいでいた俺を見つめながら、彼はこてんと首を傾げた。それがトドメだった。
 あまりにも可愛い。これで年上の男だというのだから信じられない。それでいて可愛いと口に出して言えば拗ねてしまう。なんなんだこの人は。

「……じゃあスプーン取ってくるから、ちょっと待って」
「それでいいよ」

 口から可愛いという単語が飛び出そうになるのをぐっと堪えながら立ち上がろうとした俺を制止した彼は、それ、といって俺の握っているスプーンを指差した。
 俺が折れたのを見てにこりと微笑んだ彼は、隣の椅子にすっと腰掛け、俺に向かって口を開けた。

「あーんして」
「……」

 ここ最近お互いが忙しかったから甘やかしてあげられていなかった、それは確かにそうだった。
 しかしこんな形で彼に甘えられるのは予想外だ。あまりの可愛さに身体が動かなくて、ただ彼の顔を見つめてしまった。

「早く」
「ああ、うん」

 せっつかれてやっと放心状態から戻った俺は、皿の中のパンナコッタを一掬いして彼の口に運ぶ。甘さを噛み締めるように目を閉じて味わう彼は実に幸せそうで可愛い、けれど試作品は試作品だ。食べさせてから、やはり止めておくべきだったと思い始める。

「おいしいよ」
「おまえ、なに食べても美味しいって言うだろ」
「きみの作ったものが全部おいしいからだよ」

 甘くとろけるような笑顔を浮かべる彼は本当に可愛い。けれど俺の心中は複雑だ。

「一応聞いておくけど、何か改良点はあるか?」
「僕としては、もっと甘くてもいいけど」
「十分甘いんだよ、これ」

 彼は試食係としては役に立たないのがわかっていたのに、俺はまた彼の可愛さに負けてしまった。正直いって、こういうことはいままでに何度もあった。俺はいつも彼に負ける。そのたびに後悔するのに同じ事を繰り返してしまう。
 この幸せそうな笑顔が見られて俺も幸せではあるが、それじゃあ仕事は進展しない。けどまあ、明日また頑張ればいいか。明日は試作品を持ち帰るのはやめようと心に決めて、今日のところは、試作品の残りは全て彼の口に運んでやることにした。
カテゴリ: 小説

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