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□鰤
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Lover

野暮用があると嘘を吐き店から出た浦原(テッサイは嘘と解釈した上で出したろう)は、いつもより少し遅めの歩調でカラカラと下駄を鳴らしながら中心地へと歩いていた。
空は秋晴れで澄み渡っている。日中、陽射しは暑いと感じるが風が吹けばひんやりすることもあり、夜は一枚羽織り物を足すくらいの気候だ。暑いのもいいが今年の夏はなかなかだった、思いながらうっすら汗の浮かぶ額を掻く。まだ夏の色を残す陽を避け陰に入ったところで浦原の斜め前方を男が横切った。

「阿近さん…?」

口からスルリと落ちた名前に首を傾げる。
霊圧を感じた訳でなく、正面を見た訳でもない。ほとんど後ろ姿で顔なぞ見えなかった。顔が見えたところで自分の記憶に残る姿は幼児のものだし、他より上背ある男の目を見れなかったので、全くそれだとは思えない。
しかし気になるもんは気になる、運よく今自分は暇で急ぐ用事もない。

「(ちょっと様子みてみましょうか)」

実際用事があろうと問題でないのだが言い訳がましい言葉で自分を納得させた浦原は、前を行く短い黒髪の男を追うことにした。



男は特に急いだ様子なく、だが緩徐ではない速さで進む。今のところの道順を考える限り、自分も向かおうとしていた中心地を目指しているのだろう、浦原は考える。歩く中で迷う様子はなく、初めての地を歩く人間の周りを見回す様子も見られないまま地元民の使うルートを彼は歩いていた。
男は細く、黒の長袖を着た背は少し丸められ、脚は細身なベージュのパンツによって細さがより強調されているように感じられる。

「(歩き方も違いますねぇ)」

厭味で可愛いげのないガキではあったが頬には子供らしい丸みがあった。歩き方も、文句を垂れながらも大人に着いていく必死さが感じられた。そういった面を出さないように…いや、あれの場合は自分にそんな考えがあるなんて気づいてなかったかもしれないが、たまに見え隠れするかわいさに随分と癒されたものだったと感慨にふける。子供っぽさで言えば副隊長の方が余程子供らしい容姿と雰囲気と考えをしていたが等と考えていると男の姿が消えた。
思考に意識をやっている間に何処かの店に入ったか、それとも錆び付いた駅裏の歓楽街の方へ行ったのか。前方のアーケードに彼の姿はみえない。

「(きっといないでしょうけど)」

記憶する子であったとして行かないだろう、とわからぬ確信を持って浦原は歓楽街に続く寂れた細道に入る。
が、

「趣味が悪い」
「あら」

数歩進んだ先の室外機に寄りかかるように追っていた男が立っていた。
言われた言葉と刺さる目線にが今まで着けていたことを知っているとわかる。

「いつから気付いて?」
「最初からですよ。気付くようにすれ違った」

最初に数秒目を合わせた後は顔を下方に向け、次第に声の小さくなる様子に浦原はゾワリと興奮が背を走るのがわかった。ああまだ自分の記憶にある子に通ずるものがある、表情の端に何かしらを下卑する面があると。
聞きたいこと、やりたいことが浮かぶ。
しかし、この場では自分達が悪目立ちするだろう。男、片方は人相の悪い眉無し、もう片方はやたら胡散臭い、二人が路地で話し込んだりしては不信がった通行人に警察を呼ばれるのがオチだ。

「ちょっと場所変えましょうか、阿近さん」

いつもの笑い顔、で手を差し出すと取りはしなかったが少し上げられた左手に充足感を得た。




「…ここは?」

カチャリとオートロックの締まる音が部屋に響く。阿近は先に部屋へと通され、浅くベッド縁に腰掛けている。

「ラブホですよラ・ブ・ホ」

連れ込む宿みたいなとこですと付け足すと納得する。浦原がサイドボードに鍵を置き、隣に座る。阿近は少し肩を揺らした。

「技局で町を作ったときにあったでしょう?」

あれはとてもよく出来ていた。
移動させる技術と、それに耐えうるレプリカを原寸違わず作る技術が合致して町そのものだった。

「細かいの作るのは下のがしますよ。俺はその点検とかプログラムです。」

ほう、と息を吐く。
何を作るにも、基盤がしっかりしていなければどうにもならない。有能な脳とそれを活かす技術を持っていて初めて技局では使い物となる。そんな集団の中に長く居続け、指示をする側に回っているともなれば所謂(いわゆる)席官、それも上位に当たるだろうと想像できる。まぁそれくらいの能力は当時からありましたが、と浦原は胸中でひとりごちる。
じっ、と顔を見つめるが阿近は浦原と目を合わせない。

「…阿近さんがこの義骸を作ったんで?」

尋ねながら浦原は阿近の頬に手を伸ばす。
精巧だ、見た目も触り心地も十分人間のそれ。幼いときとは違うが、成人男性としてはかなり気持ち良い触り心地でするすると頬や耳を撫でる。

「っ…そうですよ。あんたのには負けますけど」

心拍数の上昇と頬に血が集まるのがわかる。
素直な反応と自分を謙遜した言葉をかわいいと思わずにいられない。

「ねぇ、こっち向いてくださいよ。」
「けっこうです」
「あら酷い、そんな私を見たくないんですね…」
「そうは言ってないでしょうが」

阿近は眉間に皺を寄せて目をつむる。ハァと息を吐いて浦原の方をみる。

「朽木の、あんたの義骸を見て、いるってわかった時は嬉しかったし、この前の戦いん時は作業の手が止まるかとも思った。本当は姿を見るだけって現世に来たんです」
「阿近さん、」

自分でもこんなつもりはなかったんですよ、と驚きと呆れの混じる声で続ける阿近の言葉に浦原は胸がうち震えるのを感じた。
勝手に顔に伸びる手を阿近は苦笑いしながら受け入れる。

「触っていいですか」
「さっきから触ってる」
「そうですねぇ。じゃあキスしていいですか」
「なんでもどうぞ」

ああなんて愛しい子。
手を引きながら小さい窓から空に小さな朱が混じり始めるのが見える。
空が暗闇に溶けるまであと数時間。
踏み入れられぬ地への道を示す黒蝶を握り潰したい、浦原ははじめてそう思った。

おわり。


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