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□封神
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世界が終る


 ついに地球の終わる時が来た。大気は汚染され、地上は水に飲み込まれた。酸素を生成する木々は汚染された大気により日光を得られず枯れていった。生物は生きることを手放すしかなく、動物も虫もプランクトンも全てが死に絶えた。宇宙への進出を果たそうとしていた人間たちは自分たちの業の強さを責めながら、技術の進歩を嘆きながら、過去を称賛しながら死んでいった。宇宙へ出て行った人間、連れて行かれた生物もいるがそれらがどうなったのかは想像の範囲内であり、自分の範囲外である。
 水面、嘗ての地上だったそこは荒れ狂い、海の至る処で活火山が唸りを上げマグマを噴き出し、風は全てを巻き上げながら吹き荒び、空はどんよりと重い雲を敷き詰められたようである。雷が轟き激しい雨が場を荒らすところもあれば、分厚い雲の隙間からまるで天使の降りてくるような光射す所もある。その光にまだ自分の名前が他人に毎日のように呼ばれていたころより幾分太陽が近くなった、と思うのは勘違いではなく長い間地球が太陽へと引かれてきたためである。
光の強さと思いだされた過去の眩しさに目を細め、自分で自分の名前、過去のものであるが、を呟く。「太公望、」声は周りの音に掻き消されたが擦れていることだけは確かだった。
 遠い昔、地球と一つになった妲己はいつかこうなることが、地球が終わる日が来ることが、このような終わり方をすることがわかっていたのだろうか。どうだったのかと尋ねても返事が来ないことは分かっているし、自分も今日が来ることは遠い故郷の星のこともあり分かっていたので何も言わず空中から様子を眺める。
 自分が今の自分に、始祖に戻った時当時の仲間たちに自分だけ消滅から逃れると言ったことがあるが、今は反対の立場であるなぁとぼんやり考える。彼らは戦い以来こちらとは違う、次元の狭間で暮らしている。彼らは地球に仙人骨を持った人間に会いに来ていることは分かっていたし、自分を主人と呼んだ白カバと師匠と仰いだえらく元気な少年が自分を探しに数度となく降りているのは知っていたしその様子を眺めることもあった。その時を想うと、馬が駆けるが如き勢いで思い出されることが多くある。
 あの禿頭の耄碌爺は、何時も微笑みを浮かべた優しい親友は、頼りがいのある一家の父は、芯の通り過ぎた煙草好きの青年は、青い髪をした優秀なのに残念な美形は、本物の親と創造した親からめ一杯愛された人造人間は、一国のため己を貫き通した強固な男は、自分を殺せる程の愛を持った筋肉質な女は、純粋すぎる眼で常に自分を見ていた少年は―…。思い出せば沢山の灰汁ばかりの強い面々が次々と湧いてくる。彼らは今、と考えて、今もあの時空の狭間で暮らしているのだろうと自己完結する。
 彼らは甚く地球を好いているようであったから(それは彼らに元は人間である者が多いからであろう)、今日それが無くなることを憂いているかもしれない。憂いていたとしても彼らの力の及ばない処まで来ているので仕様が無いのだけれども。
きっと彼らは今どうしようもない地球を狭間から見て、感じていることだろう。為す術の無い自分を責めていることだろう。一刻一刻と近づくこの星の核の爆破に遣る瀬無さを感じていることだろう。叶わなくとも自分の生まれた地球が消滅するこの時に自分も共に、と考えているのもいることだろう。
 そう考えながら自分は全く憂うことも自分を責めることもなく、ただ過ぎる時間を眺めてきた。考えることはできるが理解できない感情だった。数式を解くように解けない人の思考に思いを巡らせてきたが、その答えが出ないままに消滅は一寸先へと訪れていた。




 表現し様の無い音やらが全てを包み、地球は爆破した。




 何百、何千分の一の時間を感じながら自分がまさに消滅しようとするのがわかる。もう少し時間があれば理解できなくも無かったかもしれない、いやどうにしろ出来なかっただろう。あれらは自分の理解も想像も越えた存在だった。


 薄れゆく体と思考。

 ふと感じた自分以外の存在に目を凝らせば妲己がにこやかに近づいてくるのがわかる。


 伸ばされた手を取り微笑み返す。



 数言、言葉を交せば周りの光が強くなっていくのがわかる。







 妲姫が、嘗てと同じく自分を優しく包みこみ、全てを白に変えた。

 本当の消滅が自分のもとに長い回り道の末にやってきた、その瞬間だった。
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