jam

□まなびやワンダーランド
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こそ
\ご存知ない?/








突然だが、俺には小さな夢がある。
夢と言っても大海原に漕ぎ出して海賊王になりたいだとか、オレンジ色のボールを7つ集めて願いを叶えて欲しいとかそんなに壮大なものではない。そんな少年漫画のような夢ではない、本当に小さくて些細な願望。

――いつか可愛い女の子と付き合って、出来たら膝枕をしてもらいたい。

いつだったかついそんなことを漏らしたら、クラスメイトであるドS王子に鼻で笑われた。そりゃアンタみたいな人からしたらゴミみたいな夢だろう。けれど地味だ地味だと言われ続けた俺にとってそれは決して馬鹿になどできないのだ。
などと思ったついでにこの口は「馬鹿にすんな」などと身の程知らずな台詞をのたまっていて、瞬間投げつけられたシャーペンの先には確実に殺意が込められていたことは間違いない。壁に張り付くようにしてなんとか事なきを得たが、それにしたってあの時の恐怖は忘れられようはずもなく。


「(…あれ)」


苦すぎる思い出につい顔を顰めてしまった俺だったが、しかしそんな我が身に襲い掛かったのはあの身も凍るような恐怖ではなく頭を撫でられるようなふわふわとした感触だった。繊細な、まるで壊れ物でも扱うような手つきでそろそろと頭部を触られている。ついでに後頭部には何か柔らかなものが当たっていて、まだ夢現の状態に居る状況はまさに夢見心地というに相応しかった。
目を開けたくない。思いながらも好奇心には打ち勝てない。恐る恐るといった体で閉じていた目蓋をそっと持ち上げると、眼前に影がかった何かがぼんやりと現れる。


「…あ、気付きましたか」


柔らかい声。聞き覚えのないそれにはて誰のものだったかと内心首を傾げつつ目を瞬かせる。
ぼやけていた視界が次第に焦点を結び始めた。幸せな気分で目線を持ち上げると、そこには見覚えがあるようなないような少女がこちらを覗き込む姿があって、………


「っうおわああああ!?」


思わず素っ頓狂な声を上げてバネ仕掛けのおもちゃの如き速度で飛び上がった俺、その間僅かコンマ数秒。
物凄い速さで距離を置いた俺をぽかんとした表情で見つめているのは青いワンピースを纏った女の子だった。正座したまま不自然に右手を掲げた格好で固まっている所からして、どうやら俺の長年の夢を叶えてくれたのは彼女であったらしい。ちくしょう、せめて意識がはっきりしていたならば…!などと悔しがってみたところで後の祭り、今更というやつなのである。

赤くなったり青くなったりと一人で百面相をしている俺を暫く眺めていた女の子は、ぱちぱちとどんぐりのような目を数回瞬かせてからくすりと笑みを作った。か、可愛い。悶えていた俺が瞬時に固まってしまったのも仕方がない。
そうして座り込んでいる俺たちの奇妙な距離感など気にも留めないような風情で女の子は口を開いた。


「こんにちは、この度は助けて下さってありがとうございました」

「あ、い、いえそんな滅相もない」


何やら無理に堅苦しい口調になる。緊張してるのがバレバレだ。
ぺこりと頭を下げた女の子につられて俺も会釈を返す。頭頂部に結ばれた黒いリボンが彼女の動作につられてちょこちょこ動くのがいちいち可愛い。冷静になればコスプレのようなその格好はどこかおかしくもあったのだが、落下の衝撃で頭でも打ったのかもしれない俺には「どっかで見たことある気がするなあ」くらいにしか感じられなかった。
そんなことよりも優先すべきは、彼女とお近づきになることなのであって。


「だ、大丈夫でしたか。えーと、空から落ちてきたみたいでしたけど」

「ええ。貴方が受け止めて下さったおかげでこの通り無傷でした。私もまさか足を滑らせて落っこちた穴がこんなに深いとは思わなかったんですけど」


…穴?恥じらうように笑う女の子の口から出た言葉に俺は首を傾げる。
少女が落ちてきたのは確か夕暮れ迫る空からだった。どういう原理でビルや塔などという高層建築物などないただの住宅地に彼女が落下してきたのかは分からないが、兎に角穴の中でなかったことは間違いない。寧ろ穴に落ちたのはその直後であって、その瞬間彼女は既に気を失っていたようなので覚えていたとも思えないのだが。


「お恥ずかしい話なんですけどね、私さっきまで原っぱでうとうととお昼寝をしていたんです。それでふと目が覚めたら急に目の前をとっても気になる生き物が走っていくものだから、ついつい追いかけてしまって」

「…は、はあ」


つられて走っていたらそのまま穴に落っこちてしまったんです。というのが少女落下事件の真相であるらしい。…いやそんなアホな。





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