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□少女金魚
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教室に入ったときよりも、幾分気分が良くなった。
まるで水中にいる魚が新鮮な酸素を吸ったが如く。

再び茶色い段ボールを抱えなおした俺は、廊下の窓によって切り取られた夕空を見た。
強く強く光を放ち、太陽が空に必死になって縋りついている。



「…?」



しかし俺が見たのは空だけではなかった。
勿論、その前にいくつも立ち並ぶ校舎があるのだが。

俺が言いたいのはそういうのではなくて、何だ、そう。



「…あれは」



俺の視界のやや左、西館と呼ばれる校舎の屋上で。
斜光を幾度も煌かせて、靡く髪が風に揺れている。

逆光でほとんど誰だかなんて分からない。
分からないはずなのに、俺の直感とも言える何かは警鐘を鳴らしていた。



「お、おい…まさか」



ふらふらとした足取りのその影は、確実にフェンスに向かっている。
俺は慌てて窓へと駆け寄り、必死に錆びた鍵をこじ開けようとした。

くそっ、何でこんな時に鍵が固く閉められてんだよ!



――カシャン。
人物が、フェンスに手を掛けた。



おい、嘘だろ、
そんなまさか





鍵が開かない。
時間が止まらない。


掌に滲んだ汗ばかりが冷えていく中、太陽の光が、一瞬遮られた。





「―――…っア、」





ふわり。
まるで風に乗るかのようにその小柄な体躯は倒れていく。

夕日に溶けるように、
空を恋い、風を愛しむかのように、





金色の燈をその身に浴びて、金魚が水槽に飛び込むが如く、
それは美しい出来事のようだった。






鍵が開く。
時間が止まる。






「………ッ…!!!!!」



段ボールを跳ね除けて叫んだのは、どうしてだか、アイツの名前、で。










時刻は、逢う魔が時。


嘲笑うかのように空に吸い込まれるその姿は、太陽が空を掴む手を離したと同時に俺の視界から消えていった。


































――その翌日。



「…皆に、哀しい報せがある」



沈痛な面持ちで服部が口を開く。
昨日中々戻らない俺を怪訝に思って駆けつけたこの男が、あいつの第一発見者となったのだ。


ふと、服部の見えない目と視線が絡んだ…気がした。


俺に聞くなよ、
やめろって言ったって、アンタはそれを口にするんだろう。









「昨日のことなんだが、」









どんなに叫んだって、この声は君に届かないのだろう。















トモダチナンテ、

イナイモノ。











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