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□少女金魚
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わたしってば、金魚のことが心配だったんだよねぇ
真面目くさって言ったと言うのに、その台詞は思い切り噴き出してくれやがった天パの笑い声によって吹き飛ばされてしまった。
「…金魚?」
「うん、金魚」
「きん、」
その名前をきちんと言い切ることもせず、ブッハァァ!!とか美しくない声でもって転がり始める。
お腹を抱えさも愉快だというように笑い転げるその男に、わたしは唖然とする以外なかったように思う。
「何がおかしい」
「…っだ、だっておまっ、未練金魚とか…ッぶっふ!!!」
「………」
どうやら相当お気に召したらしい。
その笑いっぷりは何故かこちらに冷静さを与え、同時に怒りのボルテージさえも急上昇させて行く。
「…坂田さん」
「あ?何…ってか今話しかけ…ぶふふ!!」
会話を試みる最中ですら、引き起こった笑いに勝てないらしい。
恐らく馬鹿にされているのだろうと、無性に腹が立ったあたしは渾身の力を込めてその天パを毟ってやった。
ぽかり。
今まで散々見上げていた雲と同じように、きっとわたしは空に浮かんでいるのだろうと思う。
ごろんと寝転がれば足元には抜けてしまいそうなほどの青。
「いやぁいーい天気だ」
「…そうデスね」
まるで日光浴でもするかのように、ぐいと両手足を伸ばしてみる。
実際この空間は明るいのだが、太陽という存在は認められないのだが。
「アレ、坂田サンってばそんな隅っこでどーしたんですかあ?」
「…そうデスね」
「そんなとこいないでこっち来たら?」
「…そうデスね」
にやにやと嫌らしい笑みを浮かべてそちらを見やれば、背中を丸めて体育座りをする男。
最早会話がお昼休みのウキウキウォッチン状態になっているが、わたしからしてみればいい気味この上なかった。
「あーあァ、つまんないの」
何にとは言わずそう呟いた。
すると何故か後方から刺すような視線を感じたけども、丁重にスルーさせて頂こう。
生きてる間も大分面倒だと思ったが、死んでからの世界もこうも面倒だったのか。
今まで「生きていくのに疲れました」と言って命を投げ打った人々も、結局その柵から解放されることはなかったんだろう。
どこへ言ったって、未練やら何やらという面倒臭い感情に縛られて。
そんでこんな小汚い天パのお世話になるなんて。
人間というのは実に面倒臭いループの元に創られたもんだ。
そう考えて、ふと思うことがあった。
あたしは仰向けになっていた体を反転させ、半ばうつ伏せになりながら天パに声を掛ける。
「ねー天パさん」
「…俺ハ天パデハアリマセン。モウタダノ10円ハゲデス」
「………」
髪の毛を毟ったこと、かなり根に持っているようだ。(それもそうか)
大丈夫だよ、アンタ10円ハゲなんて納まる器じゃないから多分。
「その調子で行けば10万円ハゲくらいにはなれるさ」
「やめてくんねーかなマジで!!つーか10万ハゲって何!?一万円札十枚分の範囲に渡ってハゲろってこと!?」
ああ、それはもう単なるハゲですね。いっそのことスキンヘッドだと言い張ればいい。
「そんなことが聞きたいんじゃないんだよ。ぶっちゃけアンタの毛髪に興味はねぇ」
「テメェェェ!!!覚えてろよ!明日の朝にその黒髪一本残らず抜いてやっかんな!」
「まっ、女の子に向かって何てことを」
「お前が女の子にカテゴライズされるなら、世の中の女子は皆天使だよコノヤロー」
んだとコラ天然パーマメント。マジで万札ハゲを狙いに行ってやろーか。
「話逸れた。
違うくて、ちょっと聞きたいことあんだけど」
「答える義務がアリマセン」
「あっ、そうやって人を傷つけて来たんだろお前。こんないたいけな少女前にして黙秘権使うなよコノヤロー。だから大人は汚いんだよ」
半目になって反論してやったら、「銀サンはまだ大人じゃありませんー。いつまでも心は少年のままですぅ」とかふざけた事を言われた。
ので、再び頭髪を毟り取ってやった。
「ギャァァァァァ!!!!
ちょっ、おまっ…!あにすんだコレ一度ならず二度までもォォォ!!!」
「…ちょっとしか取れなかった」
「当たり前だよコレちゃんと生えてるモンなんだよ!!そうそう抜けて溜まるかァ!!」
痛みからかショックからか、そいつの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「そんなに嫌か、ハゲが」
「嫌に決まってんだろこのドS」
「やめて」
さすさすと頭部を擦り、髪の毛の具合を確かめている。
ふわふわの白髪(え?銀髪?知らんよ)をちょちょいと弄り、まあ何とか元通り。
「でささっきの話なんだけど」
「あン?」
改めてという訳でもないけど、今度は聞いてくれるらしい。
優しさかと思ったら「簡潔にまとめろよめんどくせーから」と言われた。こいつも相当な面倒臭がりだった。
「あのさ、アンタさっき天使だっつったじゃん。俄かには信じがたいけども」
「喧嘩売ってんのかテメー」
「じゃあさ、やっぱ神様っているわけ?」
半分はちゃんとした疑問、残りの半分は好奇心。
神仏を崇拝する思考はなかったけど、気になるもんは気になるのだ。