jam

□少女金魚
1ページ/2ページ







光のような、ひとだと思った。










古臭い校舎の三階、階段を上って2つ目の教室。
常に騒音と悪い噂の耐えない教室、それが俺らの入れられた箱だった。



ガラリ。
何度も何度もぶっ壊されているせいで立て付けが悪くなった引き戸に手を掛ける。
一瞬抵抗を見せるそれに、見たこともない傷がついていた。

ははァ、こりゃまた近藤さんあたりがやられたな。


朝のお口のお供にシトラス風味のガムを膨らまし、外界の音を遮るような音量のイヤホンを耳につける。
シャカシャカと小刻みにリズムを鳴らし、今愛用のiPodが奏でるのはこんな朝に不似合いのロックだった。



「おはよーごぜェやーす」



今日も今日とて非日常と言う日常を繰り広げる教室に、気だるく挨拶をかます。
律儀に返すのはアイドルオタクのメガネと地味なミントン野郎くらいだが。



「おはよーごぜーまさァ土方さん。おっ、今日髪型キマってるじゃねーかィワックス変えた?」



通り過ぎ様に宿敵である男にも声を。
勿論それは友好的な感情から来るものではなく、何をしたんだか妙に髪が湿っているのをおちょくっただけだ。



「て・め・え・と言うヤローはよっくもそんな行けしゃあしゃあと…」



ぶるぶると震え始めるそいつ。
どうやら朝練の際、部室のロッカーを空けたら大量のチョークの粉が降ってきたらしい。



「お陰で朝から水道に頭突っ込むハメになっただろーが!どうしてくれんだこの落とし前!」

「嫌ですねィこれだから高血圧は。俺がやったって証拠がどこにあるんですかィ」

「こんな妙に手の込んだ嫌がらせすんのなんかテメーしか思いつかねェから!」

「あららバレてら」



正直に言ってやったのに「総悟ォォォ!!!」とか雄叫びを上げるうるさいマヨラー。
世にも華麗にそれをスルーし、俺は自分の席へと向かった。

窓際から二列目、後ろからも二列目。丁度いい感じのその席を、俺は中々気に入っている。
窓を少し開けて入ってくる風だとか、心地よい日の光だとか。

自然的な条件としても上々だったが、それ以上に俺がこの席を気に入った理由がある。



「今日、も、休みか」



ぽつりと独り言のように呟いて、イヤホンを耳から外した。
すると一気にけたたましい音が後方から聞こえて来て、見ればチャイナと猫耳ババアが骨肉の争いを繰り広げているところだった。



「(うるせえ)」



いつもならばここでバズーカの一発もお見舞いしてやるところ。
しかしいつになく俺はストンと席に着き、身を左側に反転させて机に肘を突いた。

燦々と朝の光を浴びる、(ウチのクラスにしては)綺麗な机。
新学期に入ってからほとんど使われてないんじゃないかというそれは、今日も主不在で暇を持て余しているようだ。


ふと、そよいだ風がカーテンを揺らして机に影を作る。
窓の外に植えられた木が木漏れ日を揺らして、教室の片隅に小さな波紋ができた。

水中にいるようだ、と、俺にしては詩的なことを思った。
滑稽な話だ。










その机の主は、実に変わった女だった。
このクラスにいるという時点で変わっていることに間違いはないのだが、しかし俺達が一様にカテゴライズされる“変わっている”という概念と、そいつはどこか違う世界にいるような気がした。


怪力チャイナにゴリラ娘、かと思えば本物のゴリラと見紛うようなストーカーがいたり極度のマヨネーズ中毒がいたり、オッサンにしか見えない野郎がいたりていうかそもそも人間じゃねェ奴がいたり。
担任からして普通とは地球一個分くらい離れた場所にあるようなこのクラス。かく言う俺もご多分に漏れずその愉快な集団の一員だった。


しかしそんな俺から見ても、そいつは“変わって”いたと思う。
ふわふわとしたというのが適格だろうか、サボリ魔で遅刻魔で、授業に出たと思えばじっと窓の外ばかり見ている。

嫌悪されているわけではないが、馴染むわけでもない。
教室と言う一種の箱に詰め込まれた俺達とは、どこか違う場所から彼女は世界を見ていた。





そんな折、一度だけそいつと俺は話す機会を得た。
いや、得たというには適当過ぎるか。

偶然、本当に偶々。
いきなり俺の世界に、彼女は飛び込んで来たのだった。





「…飼育係」

「うん、そう」



ポイっと、まるでゴミでも放るかのようにそいつは池にパンくずを投げる。
それまでほとんど知る者はいないと思っていたそこ。しかし確かに息づく何かが、ばちゃばちゃと湖面で飛沫を上げている。



「そんなんあったんですかィ」

「うん、わたしも途中まで知らんかった」



じゃあいつ知ったのか。聞けばそいつは担任に言われたんだ、と。
担任の服部も半ば冗談で言ったんだろうに、真面目にそれを受け止めた女に笑いが漏れた。



「へェ、意外に優等生なんだねィ」

「あれ、知らなかったの」



バカにしたつもりで言ったのに、何でかこっちがニヤリと笑われた。
肩越しに目を眇めるそいつは、思ったよりも表情のある人間らしい。



「いっつも窓の外ばっか見てるから、アホなんだと思ってやした」

「わたしこそ。王子様なんて言われてるから、沖田はもっと誠実な人なんだと思ってた」



相手のことを知らないのはお互い様だ。
そもそもほとんどクラスにいないのだから、知ろうとしたところで全くと言っていいほど情報がない。それに引き換え俺はちゃんと授業にも出てるし、そこそこ女共に騒がれているから知名度はあると自覚している。

不公平だ、と呟けば、何だそれと笑われた。











次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ