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□少女金魚
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「いーか。俺だってそんな暇じゃねんだかんな。実はものっそい忙しいところをお前なんかの為に時間割いてやってんだかんな」

「嘘こけ明らかにヒマな顔をしているプーの相が出ている」

「誰がプーだァァァァ!!!!」



叫んで息が上がったのか、絶対に来るであろう猛追に構えるわたしの前で坂田さんは盛大に溜め息を吐く。



「よし、じゃあちょっとお前来い。銀さんがいかに必殺仕事人であるか見せてやらァ」

「えええ天使の癖に仕事人て」

「いーじゃねーか好きなんだよ」



とてつもない不安がわたしを襲った。
しかし手首を掴んだ腕を振りほどく術があるわけでもなく、ただされるがままになるしかない。



「あーれー誰かー」

「安心しろ誰も襲ってくれねーだろうから」



若干の悪ノリを交えつつ前方に歩みを進める。
いや正直どっちが前でどっちが後ろなのかわかるはずもないんだけども。





ずるずると引き摺られること暫し。(屈辱だ)

いきなり歩みを止めた坂田さんの背中に思い切り激突して鼻を打った。
つんとした痛みに涙は出るのに言葉は出なくて、文句を込めてじとりと睨みつけた。

ら、それを合図にするかのようにパッと景色が変わる。



「わっ!?」



いきなり周囲に現れたそれにびっくりした。
そのせいで掴まれていた腕に縋りついてしまう。



「何ですか今さら銀さんの魅力に気付いたのかコノヤロー。こんなところで迫られてもどうともできねーぞ」

「勘違いも甚だしいですけどもォォォ」



だって今、わたし達が立っている場所は言うなれば空。
一見足場なんてない、地上数十メートルの位置に突然連れて来られたら誰だってびびるだろう。



「ななな何ここ何で空!?」

「んだよ身投げしたヤツがこんくらいでギャーギャー言うんじゃありません。お前は風の一部。風はお前の一部だと思え」

「無茶なことををを!!」



ひしっと腕を抱くように掴めば、もうちょっと発育が、とか物凄く失礼なことを言われた。
空気が読めないついでに呼吸困難に陥って欲しい。



「大丈夫だよお前実体じゃねんだから。ほら離れろってか放して下さい」

「無理!!」



ギャアギャアと叫ぶわたしに呆れたような溜め息を吐き、坂田さんはかしかしと銀色に光る頭部を掻いた。



「仕方ねェな。もう少しこのままでも面白かったのに」

「こここんのドSがァァァ」

「振り落とすぞ」



…目が。
目が本気でしたよお兄さん。
落ちないと言われたって怖いものは怖いんだから、そーゆう精神的なイジメはやめて下さいホントマジで。



「てててゆうかこここここ」

「鶏か」



違ェェェェ!!!

全くさっきから空気の読めない残念なヘアスタイルのお兄さんの腕を抓る。
するとぎゃあっと情けない叫び声を上げたので続けて抓ってみる。



「ちょォォォ!!やめて痛いホントマジで!」

「ならば我の願いを叶えるのダー」

「何キャラ!?」





いいから早く下ろせと交渉を続け、上空ですったもんだするという奇行を演じ数分。
やっとこさ諦めたらしい坂田さんが取りあえず足の着くところまで降りると言ってくれた。



「ふー怖かった。危うくキャラ崩壊を起こすとこだったよ」

「いや既に手遅れだったよ俺は見た」



(天パの台詞を無視し)辺りを見回してみる。
するとそれは何やら見覚えのある光景であるようで、わたしは妙な気分に陥った。



「…だけど何故だ思い出せない」

「んーやっぱ地上の空気は悪ィわー」



頻りに首を傾げるわたしの横で、ピクニック気分なのかとでも言いたくなるようなテンションを繰り広げる坂田。
腹も立つけど気になる方が大きいので、しかし考えるのもめんどいのでさっさと聞いてみることに。



「おーい坂田さ」

「あ、ここここ」



ただっ広い何もないコンクリの空間。
天井にあるのは少し曇り気味でアンニュイな空。
張巡らされた緑の柵が少しだけ気に入らないその一角に身を寄せ、坂田さんは何事か手招きをしてみせた。



「鶏か」

「違うわ」



さっきの状況を思い出して同じツッコミを入れる。
けれど何とも物悲しく返されたその言葉は宙ぶらりんに放置され、更に悲しくなったわたしは大人しく招くその手に従ってみた。



「何ですか」

「あそこ。何見える?」



坂田さんが指差す先は、ここよりもずっと低い地上。
あ、ここ何かの建物の上なんだ。

そう思いながら人差し指の指し示す先に目を凝らす。
何だかやけに暗ったいそこは、太陽が高い位置にある時間帯だというのに木々が鬱蒼と影を作っていた。



「…?あそこ?何?」

「んー、やっぱこっからじゃよく見えねーか?」



立ち位置の高さに加えその薄暗さ。
この距離で何かを見ろという方が困難な気もするけどと呆れてその横顔を見上げれば、しかしその視線はあたしに向けられている。










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