jam

□少女金魚
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夏に飲む、ソーダ水が好きだった。

重いガラス瓶に閉じ込められた二酸化炭素の気泡が喉で弾けるあの感覚。
日に透かせば沈めたビー玉が揺れて、そこに一つの世界を見ていた。


しゅわしゅわと光に溶ける、透明の世界に憧れたのだ。











「うお―――い」



間延びした声が頭上から聞こえる。
視界が暗い。どうやらわたしは軽く寝入っていたようだ。

ぱちぱちと瞬きをすれば、ぼんやりと見えてくる形。
光化と思って手を伸ばしたら、それは銀色の髪だった。



「あだだだだ!!何すんだコノヤロー!!」

「…うはようごじゃります」

「ちょっと可愛く寝惚けてンじゃねェよ!何なのお前!俺の毛髪に恨みでもあんのか!」

「いやいやとんでもない」



むくりと体を起こしたら間接がコキコキと音を鳴らした。
床らしきものは確認できないけど、地べたで寝てしまったような不快感だ。



「坂田さん」



ぼんやりする頭で何とはなしに目の前の人を呼ぶ。

すると何故だかムッと眉を顰めたその人。
何だオイ。そんな顔される謂れはないはずだ。



「坂田さんじゃなくていいっつったべ」

「そうだっけ」


「…銀ちゃんでもいいっつったじゃん」



え、ちょっと何照れてんの。
いきなり頬を染めた気色の悪い天然パーマネントに今度はわたしの眉間に皺が寄る。



「いいよそんな。彼女でもあるまいし」

「坂田呼ばわり好きくねんだもの。いーじゃん減るもんでもないしちょっと呼んでみ」



そういう坂田さんは凄く腹立たしい顔をしていた。
呼んで欲しいのに「え?別に俺そーゆうの興味ないしィ?」みたく気取っているような。

まるで中二だ。
ってゆうかこの人絶対中二病患者(それも末期)だ。ピーターパン症候群だ。



「上から目線でものをいう人には従いません」

「どこが上から何だよ精一杯へりくだってんだろーが」



いやそれこそどこがだよ。

態度を改めて欲しいムカつく天パをじろりと睨み付けるが、下手くそな口笛なんかでかわされた。
ムカつきが30倍くらいに増した。





「ったく素直じゃねーのな」



暫しの間不毛な睨み合い(?)が続くが、3分もせずに天パが折れた。(どこまでも偉そうではあったけど)

よっしゃあ勝った。何かあんま嬉しくないけど勝「あ、次“銀ちゃん”って呼ばなかったら俺反応しねーから」
………。

ムカつくホントムカつく何なのこの人。



「ちょ、お前その顔やめて超怖ェ」

「んだとゴルァ」

「すんません」



僅かに眉を顰めていた坂田さんががばりと大地に手を突いた。
一体わたしはどんな顔をしていたんだろう。今度こそ勝ったけれど、やっぱりどこか負けた気分だ。女としてのプライド的なものがズタボロになった。



「てゆうかね、アンタ呼び方に散々ケチつけといて自分はお前呼ばわりですか?どんだけだよわたしはお前の奥方かコノヤロー」



そういったら地面に擦りつけられていた額がむくっと天を仰いだ。
仰ぎついでに胡坐をかいて…アレ、あっという間に態度が戻ったんですけど。



「うっせェな。いんだよ俺は別にお前の名前くらいヨユーで知ってっから。そして亭主関白でいくんだから」

「何それその発言の100%中100%がウザイ」



お前の半分(以上)はウザさで出来てるんですか?



「兎に角お前なんて呼ばれる謂れはないよ。わたしにはちゃんと親のくれた名前が「ストーップ」



あるんだから、とその名を口にしてやろうと思ったのに、わたしの口は閉ざさざるを得なくなってしまった。
リップクリームなんて塗ってないちょっと荒れた唇に、そいつの長い人差し指が当てられたから。



「…な」

「だーから言わないでいいって。おれくらいになるとそーゆうのもアレだから。目と目で通じ合っちゃうカンジだから」

「どんな」



特技はアイコンタクトですなんてわけの分からないことを言うものだから、また一つ私の中でこいつの評価というか信頼度が下がった。
その上大して面白くもなんともない。

あーあ、何だかやる気が殺がれちゃったよ。
そんでもって眠い。



「いーよもう。絶対教えてやんないかんね」

「いーよ別に。お前の名前知るくらい何でもねーから」

「お前言うなァァァ!!」



そしてまた不毛な取っ組み合いが始まった。

掴みかかるわたしを取り押さえようとする坂田。
マウントポジションで殴りかかるわたし。
毛の抜ける坂田。



「ぎゃァァァァァ!!!!」

「ふっ、獲ったり」

「何それ最早お前の必殺技か何かになってんの!?」



もう嫌だとか涙目になって坂田さんはわたしを突き飛ばした。
って腰打ったじゃねーかァァァ!!










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