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□少女金魚
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「ここ、静かねえ」
「人、あんまり来ませんし」
ちらりと少女を横目で見る。すると歌を聴かれたのが恥ずかしかったのか、手持ち無沙汰にぶちぶちと手元の草を毟り取っていた。
「あの、」
「え?」
と、いきなり話しかけられたのでびっくりした。
思わず少し後ろに反らしていた体を跳ね起こす。
「えっと、貴女は、どうしてここに?」
「ああ、えーと」
今度は私が言いよどむ番。
初対面の女の子に、ストーカーを撒いていたなんて言ってもいいものなのかしら。
いい言い訳が中々思いつかないので、迷っちゃって、と答えることにした。1年だし、それが最も当たり障りのない回答のような気がしたのだ。
「貴女は?」
「わたしですか」
どうしてこんな所にいるのかと聞けば、少し考え込むような仕草を見せる。
耳にかけられていた顔横の髪がさらりと流れ落ちて、その流線に同性ながら一瞬見惚れてしまった。
「…何ででしょう」
しかし返って来たのはそんな当て所もないもので。
取り繕うこともなくただそのままを口にしただけの少女の様子に対し、私は少なからずリアクションに困っていたと思う。
「何でって…何か理由があるわけじゃないの?落ち着くとか、ここに何かあったとか」
「うーん、そういう訳ではないんですが」
自分でも、何故足を運ぶのかが分からないらしい。
しかもその口ぶりからはかなりの頻度でここに訪れている様子が伺えるのだが。
「あ、そうだ知ってますか?」
「え?」
そしていきなりの話題転換。
あら何かしら。これが世に聞く天然キャラってやつなのかしら?
余談だが、私はそういった類の女がとても嫌いだ。
どのくらい嫌いかと言えばどっかのゴリラと同等、いや溶け切った破亜限堕津くらい。(どちらが上かはご想像にお任せするわ)
もしもこの子がそういう人種なのだとしたら、私はここに来てしまったことをとても後悔することになる。
それだけはこの上もなく嫌だ。なので自分の思考を正当化するため、それと間違った過去を修正するために軽く右拳に力を込めた。
「そこの池ね、金魚いるんですよ」
だけど、残念だわ。
そう言って初めてこちらに視線を向けたその子の顔が、何とも言えず穏やかだったから。
「…金魚、が?」
「はい」
私としたことが、折角整えた戦闘体勢をいとも簡単に崩されてしまったのだった。
「聞いたことないですか、こーんなデカいフナみたいな金魚がいるの」
「…それって金魚っていうのかしら」
少女が両腕を広げ示して見せたのは、最早フナとも言い難いようなサイズで。
ていうか鯉とかアロワナレベルじゃねーかと思いつつも、その辺のツッコミは軽いジャブくらいで済ませておくことにした。
「寧ろ鯉とかアロワナレベルよね。貴女金魚ちゃんと見たことないのね?」
「えええ」
私の発言に少しショックそうな顔を見せる。
「ありますよ」と拗ねたように言う横顔が何だか無性に可愛くて、私はちょっとだけ笑ってしまった。
「そうだ、さっきの歌」
「え゙」
そうして話を元に戻せば、動揺したのか肩を揺らす。
「ううう歌ですか?いい一体何のことやら」
「あら、じゃあ私の聞き間違いかしら?お世辞にも上手いとは言えない歌が聞こえたんだけど」
「(ガーン!)…そそそそうですよきっと気のせいで「なわきゃねーだろ」スミマセン」
渋々認めた彼女は、降参したように項垂れた。
私に口で勝とうなんて、百億光年早いわ出直してらっしゃい(それは距離の単位ですって?)(知るかそんなん鼻の穴3つに増やされてーのかコラ)
「綺麗な曲ね。歌い手のせいで半減ではあったにせよ」
「………」
「ねえ、タイトルは何ていうの?」
――これが私と、彼女の出会い。
と言ってもお互い再び顔を合わすまでその日のことは綺麗さっぱり忘れていたなんて、おかしな話ではあるんだけれど。
少
女
金
魚
薄暗い空を見上げてみる。
あの日からもう2年の時が流れて、私たちの再会は何と3年になってからのことだった。
「…早いわねえ」
そう、時間が流れるのはとても早い。
あんなにゆっくりと漂う雲も、きっと明日には二度と見ることは叶わないのだ。
空は晴れて、校舎の向こうから投げ掛けられる西日が空に帯状の線を描く。
まるで空の上の神様たちが、一斉に地上に向かって手を伸ばしているようなそれ。
もしかしてあの中に、貴女のあの草を毟り取ってた小さな掌もあるのかしら?
ぼんやりと空を眺めていたら、どうしてか目頭が熱くなった。
おかしな話ね。ずっと付き合ってきた親友ってわけでもないのに、私、貴女がいなくなったことをこんなにも淋しく思っているの。
「…薄情な、女よね」