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□少女金魚
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再び視線を地面に戻せば、そこにあるのは他より少しばかり高く盛られた土。
その上には粗末な棒切れが立っていて(恐らく棒アイスのそれ)、無理矢理マッキーで“きんぎょのはか”と汚い文字が綴られていた。


私だけじゃない。
彼女がいなくなって、皆が胸を痛めていた。

クラスメイトだから、何だかんだで身近な人だったから。
それぞれに理由はあるはずだけど、私は彼女が空気のような存在だったからと思っている。


いつもはそこにあるはずなのに、なくなって初めて気付く。
とても重要で、とても大切で。
儚いことを知っていたから、こんなにも息が苦しいの。

酸素を失くした私たちが、一体どうして生きていられるというの?



昨日どうしてかふらふらと足を向けた先で見つけたのは、今まで一度も姿を見たことのなかった“半魚人”たちの哀れな姿。
あの日金魚だと言って示されたサイズには程遠く、だけど一般的なものからすればかなりの大きさにまで育っていた彼ら。

お腹を見せてぷかぷかと水面にたゆたうそれを見た瞬間、私は叫び狂ってしまいたかった。
だってそれが、私たちの姿に酷似して見えたから。


きっといつか、私たちもああなってしまうのかもしれない。
苦しんで、この喉を掻き毟って、どうしてだと涙を流すのかもしれない。

ねえ知ってた?
貴女はそれくらい、私たちにとって愛おしい存在だったことを。



――サク…
どこか感慨に耽るような思いでお墓(と言ったら些末過ぎるけど)に手を合わせる。
すると背後から聞こえたのは控えめな足音で、振り返ればもじもじとそこで揺れるピンクの頭があった。



「…あ、姉御ォ」

「どうしたの神楽ちゃん」



後ろ手に何かを携えている。
いつになく恥ずかしげな様子でこちらをチラチラと伺うその瞳には、困惑と動揺が入り混じっているように見えた。



「こ、これ、綺麗だったから摘んで来たヨ」

「あら、」



小さな手に握られていたのは花壇に咲いていた小さな花。
名称は忘れてしまったけれど、確か春の花だったような気がするのに。



「ここに飾ってもいいアルか?」

「…ええ」



態々許可を取る神楽ちゃんに、勿論と言って笑みを向ける。
するとどこかホッとした様子でお墓に駆け寄り、花の束を崩さないようにそっと手を開いた。



「…私、何もしてあげられなかったネ」

「…そんなの、」



私もよ。
言おうとして、けれど途中でやめた。
きっとあの子はそんなものを望んではいなかった。

だとしたらどうして、
どうしてこんなことになってしまったの?



「…あ、」



じわりと目尻に浮かんだものを拭う瞬間、再び背後に気配を感じた。
何だと二人揃って振り返れば、罰が悪そうに顔を顰めるいくつかの影。



「…チッ、先客かよ」

「ツいてないですねィ土方さん。折角そんな花まで摘んで来たってのに」

「テメーもだろーが」



現れたのはこの場に最も寄りつかなそうな学ラン二人組。
なるほどその手にはそれぞれ粗末な花があって、だけど強く握られ過ぎたせいか僅かに萎れ始めていた。



「花はもう私が飾ったヨ、お前ら一歩遅かったアル」

「何でェチャイナ、こーゆうのは順番じゃねーだろィ」



そう言ってずかずかとやって来るのは沖田君。
だけどやっぱり彼もあの影のところで一回足を止めてから、躊躇うようにして“こちら”側へと足を踏み入れる。



「こっちは私のスペースネ。サドとマヨは仲良くそっち側に凝り固まるヨロシ」

「んだと」

「オイ総悟喧嘩すんな」



土方君が声を掛ければ、珍しくそれに従う沖田君。
明日は槍でも降るのかしたと思い空を見上げたが、そこにあるのはやっぱり綺麗なオレンジと優しい光だけ。
きっとこの空間は、どんなものでも溶かしてしまうのかもしれない。そんなことを思った。






その後もひっきりなしに…と言ったらちょっと大袈裟かもしれないけど、クラス中の人たちが気まずそうにそこへ足を運んだ。
ある者は手ぶらで、ある者は花を手に提げて。

だけどきっと、あの子からしてみたらそんなのは関係ないんでしょうね。
ねえ、貴女もしかして私たちがこうしていることにも気付いていないでしょう?



『知ってるよ、志村さんでしょ』



当然とばかりに言い切った、貴女にとてもホッとしたの。
だけど自分ばかり空気に溶け込むようにしているのに、そんなのずるいじゃない。

私だって少しは知ってたわよ?
貴女は空が好きなんでしょう。
金魚たちを誰よりも大切に思っていたんでしょう。
この世界に、どこか退屈していたんでしょう。

ねえ、こんなことばかりだけど、寄せ集めたら貴女の形になるのかしら。


帰って来て欲しいと願ってしまうのは、私のわがままなのかしら。





何もいらないのよ。

ただ、もしも。もしももう一度貴女に逢えるのなら。
今度こそ私、貴女の“親友”に立候補したいと思うわ。

その時はねえ、またあの歌を聞かせてちょうだいな。



寒々とした空に、その掌で春の光を差し伸べるような、

あの、下手くそで優しいうたを。











***
『早春賦』
作詞:吉丸一昌、作曲:中田章

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