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□少女金魚
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「…馬鹿か、オメーは」

「今更そんな熱血キャラ気取ったって閲覧者様は混乱するだけなんだよ空気読めよ」

「後先考えねーで飛び込みやがって」

「なァオイ、聞いてんのか馬鹿娘」



…沈んだ、真っ暗な意識に、溶けるように誰かの声が響いた。
さらさらと髪をゆっくり梳かれる感覚。あ、これ気持ちいいな。



「いいか、よく聞け」

「お前が最近酷く眠かったのは、」

「魂の限界が近付いてたからなんだよ」


「死んだ人間の魂は、一切の記憶を消されてる」

「生まれ変わる時に、そいつが邪魔になっちまうからだ」

「まあ、俗に言う未練ってやつだよな」



何だか小難しい話をしているようだ。
なのにどうしてだろう。まだもう少し、この声を聞いていたい、ような。



「忘れるのが、怖いとか」

「そんな馬鹿みてーなこと言ってんのは人間だけだ」


「なあ、ホント馬鹿だよお前」

「どうして、」

「どうしてあんな無茶しやがった」



はて、どうしてだろうね。
確かに生前のわたしだったら、あんなところに飛び込んだりはしなかったかもしれない。
ぼんやりと流れる様を見続けて、救いの手すら伸べなかったかもしれない。



「残酷だよ、お前は」

「生きてる間に目ェ反らしてたモンに」

「どうして今更慈悲を与える?」



いやだな、わたしは別に人間から目を反らしていたわけではない…いやないのかな?
どうだろう。傍目から見たらそうだったのかな。
だとしたら…ハハ、随分とそりゃ残酷だ。





「…んあ、」



さらり。
髪の一束が耳にかかるくすぐったさで、少しだけ目が覚めた。
さっきのはやっぱり夢だったのかなあ。



「…おはよーさん」

「…あらおはよう」



こんな場面に不似合いの、間抜けな挨拶を交わす。
そこにいたのは分かっていたから、真っ暗なこの空間で顔が見えなくともあまり驚きはしない。



「坂田」

「あン?」

「オメーよくも馬鹿馬鹿言ってくれたな」

「…覚えてません」



まるでいたずらがばれた子供のようなことを言う。
ははっと軽く笑ったら、随分と胸が苦しくなった。だから上手く笑えたかは分からないけど。



「ねえ、わたしどうしたの」

「…聞きたい?」

「焦らすなキモイ」

「…ハハ、」



眠かったり、体が重かったりするのはさっきからなんだけど。
何て言うかな、それよりもっとずっと重い。もう全く動かないんだって。



「もう、お前に残されてた力はカスみてーなモンだった」

「カスってお前」

「それをどこぞの馬鹿なお嬢さんは、ちっぽけな人間一人救うのにぜーんぶ使っちまいましたとさ」

「…うっせ」



その言いようだとあの人助かったのかな。
もしそうだったらいいな。



「つまりは何、わたし死ぬの。本格的に」

「さあな。これからお前が行くとこなんざ、それこそ神のみぞ知るっつーやつだ」

「神様信じてないっつったじゃん」

「…気が変わった」



何だそりゃ。
気が変わる信仰心なんて、アテにもならないっつの。



「…うあー、眠いなコレ」

「あっそ、じゃ寝れば」

「やだよ」

「何で」

「…坂田嘘吐きだから」



は?って。いやいやこっちがは?ですからね。




「さっき俺がいるっつったくせにいなくなった」

「…あー」

「また目覚めたらどっか行っちゃうよアンタは」

「いやいやもう行かねェって」

「いやいやいやもう天パの言うことなんざ信じねー」

「てめえ」



あーくそう。
こんだけ言ってるのに落ちてくる瞼が憎い。いっそのことこれ切り取ってやろーか。



「怖ェよそれ」

「…だって、」

「あーもー!はいはい分かったよ!」



いきなり叫んだ坂田は、何を思ったのかわたしの手をぎゅうっと握り締める。



「…あに、」

「これなら離れたらすぐ分かんだろーが」

「…寝たらわかんないッスよ」

「何このわがままっ子」



一人はいやだよ。
だってねえ、やっと気付いたんだよ。
ひとりは、こわい。



「…おいてっちゃやだぁ」



涙なんて見せたくなかったから(よりによってこんな男に)(涙は女の最終兵器だ)、繋がれてない方の腕で両目を覆った。
一生懸命水分が流れ落ちないように鼻を啜って耐える。



「…急に可愛いこというなよ寒気がするわ」

「…グスッ。殴るぞコノヤロー」

「はいはい、いいから寝とけもう」



嫌だというように手を握って抵抗したが、襲い来る睡魔には勝てなかった。
というか昔から勝てた試しがない。だから毎回テストの点数も悪かったんだな、うん。



「どこもいかねーよ。傍にいっから」

「…うそつけキモイさかた」

「酷いよこの子」



嘘じゃねーよ、とトドメを刺すかのごとくまた掌が落とされる。
ああ、だめだ。熱すぎるといってもいいほどの体温が今はとても心地いい。心臓と同じ速さで刻まれる脈のリズムが、わたしの鼓動と溶け合っていく。



「大丈夫だ。ここにいる」

「…うそー…」

「しつっけェな。いるったらいるんだよ」





大丈夫だよ。
傍にいるよ。

もしお前が俺を見失っても、
俺がお前を呼んでやるから。






「どこにいたって絶対ェ聞こえるくらいデケー声で呼ぶから」

「だからお前も、俺を見失うな」



…なんですか、そのクッサイ台詞。
アンタに似合わない言葉堂々の第二位だよそんなの。

キモイキモイ坂田キモイ。
いいトシこいた(っつっても年齢知らないけど)野郎が何言ってんの。

似合わねー…けど、





「…ありがと、」

「…銀、ちゃん」











前言撤回。

一番最初に空を飛んだ時より、
うん、ずっといい気分だ。











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