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□少女金魚
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人間もずるいが、俺も大抵ずるい。

何とも言えぬ苛立ちが頂点に達したある日、俺は女を無理矢理“外”へと連れ出した。
こんなの成仏しようとしないめんどくせー奴らに使う強行手段だったのだけれど。



「うい、とーちゃくー」



光指す夕空。
黄色と淡い水色が白に解ける時刻。

俺は知っていた。
女には、もうそんなに時間がないということを。



「何ですか?ここにあるものは」



だからこそかもしれない。
こいつがいなくなれば、こんな気持ちも消えるはずだと。



「こっちに来れば」





わかる、よ。









――そして女は思い出した。

ここが自分がいたはずの場所であることを。
既に自分に影がないということを。
その名前すら忘れてしまっとということを。
…自分は死んだのだということを。



時間は時に残酷で、ただ流れるだけのものであるのに何よりも人を傷つける。
女がこちらで過ごした時間は俺からしてみれば大した時間ではなかったが、それでももう彼女には十分すぎるはずだったのだ。なのにいつまで経っても消えやがらねェもんだから、悪いとは思いつつもこんな強行手段に出たってわけ。

これでいいんだ。
俺はお優しい神様じゃない。



「…あーァ、」



なあ、だからさァ。



「…だから名前なんて言わなくていいっつったのにさァ」



こんなに心臓が痛いのも、息が止まりそうに苦しいのも。
全部全部、気がつかないフリをして。









「ひとつ、忘却とは何か」










苦しい。

初めて会ったあの日のように、静かに横たわる女を見て思う。
もっと喜ぶシーンだろ、ここは。なのに出てくるのはそればかりで、肺に酸素が行き渡らないのか酷く酷く息苦しい。



「…息って、どうやって吸うんだったか」



服の胸元を引っ掴み、天を仰ぐように背を反らす。
そこにその答えをくれる誰かがいるわけでもないのに、あるのは閉じ込めるための青だけだというのに。
よくもまあコイツはこんなモンばっか見ていられたモンだよ全く。



と、そこに久方ぶりの仕事がやって来た。
相手は轢死したらしい小さな白猫。抵抗を知らない動物は、俺にしてみれば随分と優しい任務だ。



「ったく、かったりーなァ…」



けれどそれはタイムリミットの警鐘。
目の裏に赤い火花を散らす、お別れの時を告げる大きな鐘。

痛みなんて知らないフリをする。
慣れたものだ、こんなんは。



「だって俺、“天使”だし」



知らなくていいんだよ。
だって痛いなんて情けなくも泣き叫ぶのは、お前ら人間だけなんだから。








「ひとつ、痛みとは何か」








――怖いのだ、と。
そう言って女は眠りについた。
もう何度目か分からないくらいの深い眠り。夢なんて思念体の魂が見るはずもないのに。

その瞼に掌を宛がいながら、俺は不意に疑問を感じた。
どうしてかこいつは腑に落ちないところが多い。
これまで見て来た人間と違って、未練らしい未練なんてなさそうで。ぶっちゃけて言うならば、こんな所に来るはずもなさそうではあるというのに。

これから死に向かう人間共は、確かに揃って醜いことを口にした。
しかし女はどこか違う。そう、それこそ人間に戻っていっている、というか。



「………?」



馬鹿馬鹿しい考えではある。
元々人間だった女だ。今更“人間になる”なんて一体どんな表現の仕方だ。

そうは思うもののどうにもその思考を取り払うことができない。
それはいつぞやこの女に感じた痛みにも似た気持ちのせいであるのかもしれないが。



「…人間、」



人間とは、何か。
今更な疑問が俺の中にふと浮かび上がる。

それまで幾らでも見てきただろう。
醜く汚く、必死に生にしがみ付くだけのイキモノだ。それ以上でもそれ以下でもない。



「…っは、」



訳が分からない。
俺がこんなことを思うだなんて。



「気持ち悪ィ」



そうだ、俺がやるべきことはそんなことじゃァねェだろう?





「さて、それはどうなのだろうね」

「わたしのめぐし子、愛しい子よ」

「お前は一体何を見ている?」

「その小さな水槽の中からは、一体どれだけのものが見える?」






知らねェよ、そんなこと。
それよりもなァ、俺にはやらなくちゃいけないことが。





「気をつけて、かわいい子」

「もうすぐ時間が来てしまうよ」

「時間が来たら、もう手遅れだよ」







「………っな、」





「水槽が、この手から滑り落ちて、」

「粉々に割れてしまうのだよ」











俺の横を、滑らかな黒が通り抜ける。
一瞬風かとすら思うようなそれは、手を伸ばす暇すらも与えず駆け抜けていく。

どうしてお前がこんなところに?

聞いている場合じゃない。
ダメだ、間に合わない。



おち、る





――ズダダダダダダ…!



「――――!」



喉を震わせたのは自分でも驚くくらいの悲痛な声。
唇が刻んだのは教えられてもないアイツの名前。

なあ。お前今、ちょっとだけ笑ったろ?



































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