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□少女金魚
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人間の女を助けたそいつの力は、戻って来たときにはもう消えそうなくらいに弱まっていた。
まあ元々限界近付いてる上に、素っ裸の状態で戦場に駆り出されるようなもんだからなァ。言わない俺も悪かったが、いやだってあんなんなるとか思わないじゃん、普通。
さらりと一房の髪の束が指の間を抜けていく。
いつだかガッコウとやらに連れて行った時、光を透かすこの黒は凄く綺麗だった。
「残酷だよ、お前は」
お前だけじゃない、人間の全てが。
汚いことばかりを吐いた口で、仏のように優しいことを言う。
関係ないと逸らしたその目で、可哀想だと涙を流す。
いらないと切り捨てた両腕で、愛していると抱きしめてくる。
どうしてそんな風に矛盾する?どうしてそんな風に俺を揺さぶるんだ。
「…なァ、」
もうこれが最後なのか。二度と会うことなんて出来ないのか。
神様、神様。アンタホントにそっから見てんなら、俺の願いとやらを聞いてくれよ。
「…行く、な…っ!」
情けない言葉が零れ落ちた。女は眼を瞑っていて聞いているのかよく分からない。
眠っているのか、死んでいるのか。最初に会った時のように、眼を開いてくれる確証なんてない。
一人では淋しいと泣いた君へ。
それはきっと俺も一緒だから。一人になんてなりたくないから。
だから、なあ。
こんな小さな世界から、たった一つ、お前に約束をするよ。
「どこにいたって絶対ェ聞こえるくらいデケー声で呼ぶから」
「だからお前も、」
お願いが、あるんです。
「…俺を、見失う、な…」
大丈夫なんて言いながら、俺自身が不安になっていた。
だってコイツはコイツで最後かもしんねーのに口悪いし。何か言ってること怖いし。
「お前なんかいらない」って言われたらどうしよう、とか、
「…キモイよ坂田」
ほらキモイとかフツーに言うし、「…けど」
「…ありがと、」
「…銀、ちゃん」
ふわりと笑みが灯されて、その唇が象ったのはずっと呼ぼうともしなかった俺の名前。
誰がいつつけたのかも知らねェが、俺を表す一つの形。
すー…と小さく寝息が聞こえた。何だよ、怖いんじゃなかったのかよバカ。
握られた手は以外に小さくて、それでも温かくて何だか涙が出た。
うるせェな、嬉しいんだよ。だって君と同じ鼓動が、俺にもあるって気付いたから。
「そうか、それはよかった」
「それならばもう、私はお前の手を離せるね」
そうだ、そうだよ。
お前はここに来て、少しずつ人間に還って行ったんだ。妙なことかもしれねェけど、あながち神様ってのは間違ってなかったのかもしれない。
だけど水槽の割れた今、それを見守る神様はもういらない。
「ならば、最後の命題だ」
さよならなんかじゃねェよ。
気付いたんだ、俺はきっと人間を切望していたんだって。
「行って探して来るといい。きっと世界は明るいから」
「きっと冷たく、けれど何より優しいから」
もしかしたらお前は…お前こそが。
俺のために神様とやらに遣わされたんじゃねェのか、なんて。
「きっとお前の上に、光と流れる水があるように」
「さあ、お行き」
「…行って、きます?」
いや、違う、か。
「生きるとは、何か?」
「…ただいま、」