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□少女金魚
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それから白衣を着たおっさんがやって来て、気分はどうだと尋ねてきた。
どうやらここは病院のようで、屋上から飛び降りたにも関わらずわたしは奇跡的に一命を取り留めたらしい。



「覚えてはいないでしょうけど、貴方が落ちたのが丁度、あの裏庭だったのよ」

「…裏庭?」

「ほったらかしにしといたせいで枝葉がヤベーことになってた木があってよ。どーゆうわけだか上手いことそれがクッションになったみたいだな」



お前さん、相当な強運の持ち主だぜ。
そう言って笑ったのは前髪で半分顔が隠れた男の人。何やらわたしの担任だったらしいのだが。



「…スイマセン上手く思い出せない」

「オイィィィ何その都合のいい記憶喪失!?」



検査の結果、脳自体に損傷があるとかはなかったらしい。
ただ事故のショックで一時的に記憶が混乱しているとの診断で。



「うるさいですよ服部先生。次騒いだらどうなるか分かってんだろーな?」

「…ハイ」



綺麗なひと、は、志村さんという名前だった。
どこか聞いたことがある。そう言えば彼女は「世紀の大親友になる予定だったのよ?」とにこやかに笑った。



目が覚めてから丸一週間。
まだぼんやりすることはあれど、何とか上手くやっていると思う。



「………」



だけど時々、凄く不思議な夢を見る。
一面真っ青のそこにわたしはいて、しかしわたし以外は何もない。
かと思えばいつの間にか寄り添う影があり、銀色に輝くそいつはいつもニヤリと笑ってこう言うのだ。

『もうすぐだから、待ってろ』と。


一体何のことなのやら。
馬鹿馬鹿しすぎて誰に話すことも出来ない。

大体奴は誰なんだ。
待ってろって、一体何を。





――バタバタバタバタ…!
暫しぶっ飛んでいたその思考だったが、廊下を駆け抜ける足音で我に返った。



「…何か今日、凄い騒がしいね」



ぽつりと呟くように言えば、服部先生が思い出すように顎鬚をなぞり。



「ああ…確かお前が運ばれたのと同じ日に、救急で入った妊婦さんがいたらしくてなぁ」

「相当な難産だそうよ。母体も胎児も危険な状態で、今日はその手術の日だとかで…」



「へえ」と。聞き流しながらどこか引っかかるところがあった。
多分わたしはその妊婦さんと知り合いなわけでもないし、それを哀れんでどうこうするだけの人間でもない。

――だと、言うのに。



「あら、どこ行くの?」

「…えと…ト、トイレ?」



何でだろう。
酷く落ち着かない。






ずっと寝たきりだったせいか、未だ歩くと足元がふらつく。(話に寄れば一週間ほどのことであったらしいが)
誰もいない廊下を壁伝いに進んだ。以前はきっとこんなこともなかったろうに、これだけの距離で汗がびっしょりだ。

志村さんと先生は、わたしの行動を見越してか、ちょっと顔を見合わせてから「行ってらっしゃい」と手を振った。
自分でもどうして体が動くのか分からないのに、困った顔をしたら早く戻って来いと言われた。



「…ってか、分娩室って一体どこ」



時々本当に自分はバカじゃないのかと思う時がある。というか、無計画というのが正しかろうか。

行き当たりばったりで動いて、そんで後々後悔する。
確かほんとちょっと前にもそんなことで後悔したような、気が。



「…あれ?」



そんなことを考えたその瞬間、不意に脳裏に浮かんだ色があった。
一面の青。誰もいない世界。

『待ってろよ』

そこに光る、鈍い銀色。



「………!」



何で、だとか理由は全く分からない。
気付いたら重いはずの足が走り出していたのだ。

世の中理屈じゃ説明しきれないことも多々あるとは正にこのことで。





「……はあっ」



がむしゃらに走った先、人々が群がる一室があった。
廊下の奥まった場所に作られた扉。その上にあるのは“手術中”という赤いランプ。

こんな必死になったのは一体いつ以来だろう。
随分と前のような気もするけれど、どこか体が覚えているような。
最近こんな運動をしたっけか。

滴る汗を拭いずかずかと扉に向かって歩く。
すいませんと、恐らくは親類であろう人々の間を抜ける度怪訝そうな顔を向けられて。



「あ…っ」



その中には、こないだの桃色なんかも見て取れた。
わたしが目覚めた時みたく必死に、両手を握り締めて涙を浮かべている。



「神楽、ちゃん」

「ど、どうしたアルか!まだ安静にしてろって言われたはずネ!」



慌てて駆け寄るその子に曖昧な笑みを向ける。
そっちこそどうしてここにいるのかと問えば、どうやらわたしが眠っている間に妊婦さんと仲良くでもなったらしく。



「チャイナの言うとおりでさァ」

「またぶっ倒れでもしたらどーすんだよ」



そしていつの間に来ていたのか、その後ろから覗いた茶色と黒。
いつも一緒だと言えば揃って憤慨する。彼らは“沖田”君と“土方”君。



「大丈夫だよ」

「…っておま、一体何を根拠に…」



土方君は心配性であるらしい。
焦ったような表情を向ける彼にニタリと笑みを向ける。僅かにたじろぐ彼を押しのけてまた一歩、前へ。



「ちょっと、言ってやんなきゃなんないことがあってさ」

「…は?誰に?」



――ニヤリ。





「大嘘吐きの、天使サマとやらにね」






























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