jam

□少女金魚
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傍に、いるよ

そんなチンケな言葉で安心してしまう辺り、わたしも随分と甘い毒に侵されていたようで。











瞼を白い光が焼いた。
目はばっちり閉じているというのに、そこに白い靄みたいなのが浮かんでいる。

あれは何だ。
さっきまでいたあの空間にはなかった色。



「………」



手足が重い。だけど動かせないというほどでもない。
のろのろと水中の泥をどけるかのような気だるさで瞼が開く。

そして飛び込んで来たのは、白。
それ以外の色が見つからない程清廉で…というより、他の色を拒む潔癖な空間とでも言おうか。
鼻を突くのはつんとしたエタノールの臭い。耳元ではピッピッと規則的な音が聞こえて来る。

水中に沈んでいたのが、いきなり掬い上げられたみたいな気分だ。
ぼんやりとしていた感覚がゆっくり戻り始め、心臓から末端にまで静かに血液が巡り出す。



「………」



ここは一体どこなんだろう。さっきまでいた空間とは明らかに次元的なものが違う気がする。
何ていうか、そう。もっと足元がしっかりしているような。

余り上手く回らない頭を回す。
視界に移るのは果てしない白。だけどそれにもそれぞれ形があるらしく、見上げているのは恐らく天井であることが分かった。
風にヒラヒラと揺れているこれはカーテン。それからこの眩しいのは窓、か。


ぼーっとそのまま降り注ぐ光を享受していたら、カタンという小さな音が右側から聞こえた。
次いでガラガラという何かが引かれるような音。
どうやらこの静謐な空間に何ぞ侵入者があったらしい。四角い箱の一辺を崩され、窓から取りこまれる風がそちらに吹きぬけた。


光に慣れないこの目では、それが誰であるのかよく分からない。
と、言うか上手く思い出せない。

さっきまで一緒にいたのは誰だっけ。



「…え?」



綺麗な、ひと。
茶色の髪を頭の後ろで一つに束ねていて、大きな黒い目がこちらを見つめている。
青い襟と短いスカートの服を風がさやさやと揺らしていて、同時にその人の髪も綺麗に靡いた。

うーん、だけど何かが違うな。
わたしが一緒にいたのはもっと、何かだるい感じだったはず。
もっと光に溶ける色だった、はず。



――ガシャン!!

と、そんなことを考えていたら何かが足元に落ちて弾けた。
びっくりして目を開けば、その後を追うようにヒラヒラと散る綺麗な花束。



「…あ、あの」



だけどわたし以上にその人は驚いているらしい。
大きな目をより一層大きく見開いて、驚愕の色を滲ませている。

えーと。
こーゆう時はどうすれば。



「…目、が…」

「は、え?」


「目が…覚めたの…?」



うわ言のようにその人が呟いた。
そんなにわたしが目覚めたことがおかしいのだろうか。まるでこの世の終わりで見たような表情に、こちらが悪いような気持ちになってしまう。



「姉御!どうかしたアルか!?」



と、さっきのを聞きつけたのか、バタバタといくつかの足音が響いた。
真っ先に飛び込んで来たのは鮮やかな桃色。さっき散った花みたいな綺麗な色。



「か、神楽ちゃ…」



ただ呆然と立ちすくむ綺麗なひとの向こうから現れた…えっと、神楽、さん?も、部屋の中を覗いて目を見開く。
眼鏡の向こうの青い目が、みるみるうちに潤んでいくのがわか「うわぁぁぁぁぁぁん!!」

「ぐえッ!」



しかしそれをどうする暇もなく、その子はわたしの胸…否、腹部に向かってダイブをかまして来た。
死ぬ。ちょっと一瞬本気でそう思った。



「あ、あの…」

「チクショーこのバカヤロォォォォ!!!」

「えええええ」



突っ伏したままの桃色にそっと手を寄せる。
が、ガバリと起き上がった彼女は、開口一番にわたしを罵り出した。



「どっ、どうして飛び降りなんかしようとしたアルか!」

「…え」

「…ホントに死んじゃったかと思ったヨ…!」



再び布団に顔を埋め、外聞も気にせずわんわんと泣き声を上げるその子。
オロオロと視線を泳がせれば、さっきの綺麗なひともその場に崩れ落ちて顔を両手で覆ってしまっていて。



「…え、えっと…」



そして少し遅れて駆けつけたらしく、入り口には一様に驚いた表情の面々が。
栗色と真っ黒の綺麗な男の子二人を先頭に、彼らは数度パクパクと口を開き、しかし何と言うこともなくその場でガクリと膝を折った。

目覚めたばかりのわたしには、イマイチ現状がよく理解できていない。
どうしてこの人たちがこんなにも泣いているのか、そもそもここは一体どこなのか。



「よ、良かった…ッ」



だけどそんなことを言ってくれるその人たちが。
わたしの胸で泣き崩れる小さな女の子が。

どうしてだかとても懐かしくて、とても温かくて。



「………ッ」



泣きそうになってしまった自分が、一番理解できない。





開け放たれた窓から強い風が吹き込んだ。
床に散ったのは花瓶に活けられた花束で、私の世界に白以外の色が飛び込んで来たようだった。












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