jam

□シンク
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思わず刀を握り締めたその時、頭上でぶつかる鈍い音が聞こえた。見るとそこでは一人の男が二匹の敵相手に踏ん張っているところで、ちらりと振り返る視線で俺に言った。



「なーにやっちょるか金時ィィ!おんしゃーこんなところで倒れる男だったがかァ!」

「…うっせェよ!糖分足りてねーんだよ!」



無駄にデカい声にそう返せば、「そうかー」と更にデカい笑い声。腹の底に響くようなそれはいつもは馬鹿なだけの辰馬の強い武器だと思う。戦場で笑ってるなんざ、相当イカれてる証拠だぜオイ。



「とは言えわしもちょっとキッツいきー。どーしようコレアッハッハッハ」

「…バカかァァ!」



しかしやっぱり辰馬は辰馬だった。ギリギリと圧し掛かる天人に必死で耐えながらもその顔には大量の脂汗。
何とか助太刀に入ろうとすれば、しかし全く別の声がまたどこからともなく聞こえて来た。



「動くんじゃねェそこの白髪ァァ!」

「は…っ!?」



見上げる。一瞬翳ったそれは、確かに光を湛えているように見えた。
振り下ろせば迸る暗い赤。吹き上がるそれから逃れるように身軽に着地した高杉は、休む間もなく次なる敵へ向かい身を翻した。



「休んでる暇ァねーぜ!疲れたんならとっとと帰っとけ!」

「おお、すまんの晋助ェ。危うく死ぬとこじゃったきアッハッハ」



体勢を立て直すや否や辰馬も加勢に加わった。
見ればそれ以外の仲間達も持ち場を離れここまで集まってきていて、知らずのうちに俺の前には一筋の道が出来上がっていた。モーセの海か、とかはツッコまないでおく。



「早く行かんか銀時ィ!」

「オイ銀時、これ貸しにしとっかんなァ!」

「きばりんしゃい、金時」


「………」



労いなんだか貶めてんだか、よく分からん激励に思わず頬が緩む。
次の瞬間綺麗に開けたその空間は目的地へと一直線へ繋がっている。迷わず駆け出せば両サイドから上がる雄叫びが一層大きなものに変わった気がした。



「死ぬなよ、オメーら!」



言い捨てるように駆け出して、ただ風だけを従えて行く。
ごうごうとうねるのは血生臭い空気の流れで、しかし頭だけはやけに冴えていた。走れ。体中の細胞がそう訴えている。



「どけやァァァァ!!!!」



俺の行動を呼んでか何体かの狗毘羅が立ちふさがる。それを勢いだけで吹き飛ばすと、俺はその先に続く扉を蹴破った。



『奴らの弱点は、常に戦場に持ち込まれているらしい』



ヅラの言葉が蘇った。近くで見ればなるほどよく分かる、擬態でもしてるのかもしれねェが、明らかに不自然な場所に不自然なドアが。(ドラ●もんのどこでもドアを想像してもらいたい)

転がり込むようにして飛び込めば、やはりそこには巧妙なトリックが仕掛けられていた。外からはただの風景にしか見えないが、確かにここには建物らしきものがあったのだ。
その証拠に俺は、今やさきほどの荒野とは全く景色の変わったSF染みたとある室内にいる。



「…ここが奴らの弱点ってか」



それが何であるかはよく分からなかったらしい。こうして敵陣に飛び込めたのも、考えてみたら奇跡かもしれない。



「何だよヅラの奴。あんな難しそうな顔しといて大したことねーんじゃん」



楽勝とばかりに歩を進める。一体どこにあるのかも分からないが、兎に角この先に俺の目的はあるのだ。
心なしか早まる足には気付かない振りをして一室を抜ければ、分かりやすいくらい大きなそれが俺の目の前に現れた。

恐らくこの建物の中央部なのだろう。太いパイプが何本も繋がれた大きな水槽。手前にはなにやらモニターのようなものが取り付けられていて、キーボードや水槽が配線コードにより複雑に結び付けられていた。



「なるほど、これね」



自分でも口角が上がるのが確かに分かった。勝った。心のどこかでそう確信してしまったのかもしれない。

機械の解体なんざ分からないから、とりあえず大暴れしてやろうというのが俺の策。そのつもりでヅラたちも俺をここに送り込んだんだろうし。



『くれぐれも気をつけろよ』



悪いなヅラ。案外俺ってばアッサリと今日という日のヒーローになっちまうかもしれねェんだけど。

振りかぶる腕には腰に佩いていた愛刀。一歩一歩近寄れば細長い柱になった水槽は無駄にでかいことが分かった。
こんなん相当金かかってんだろうなァ、とか思ってしまう俺はやっぱり小市民であると痛感する。でもまァ、そんな俺に壊されるってのもまた一興ってやつだ。



「悪く思うなよ」



――ブンッ!
鋭く一閃を振り下ろし、そこで戦は終わった。俺たちは勝って、高杉が密かに隠し込んでる酒でも取り出して大騒ぎしてやろう。

そう思った、その時。





『ようこそ。命の源、母なるマザーの胎内へ』

「!?」



突如聞こえたノイズ交じりの音声に、俺は思わず肩をビクつかせる。誰かいるのかと辺りを見回すが、やはりそこに気配はなく。



「…なんだ、コレ」



ただ先ほどと変わっていたのは、目の前のモニターに光が宿っていたことくらいか。青白い光を放つそれからは、確かに先ほどの音声が聞こえた気がするのだが。

恐る恐る手を伸ばしてみる。相手は機械だ。恐れることは何もない。
溢れる人工的な光に吸い寄せられるように、俺はそっと右手を伸ばしていた。瞬間、パッと画面が切り替わる。



「なっ…!」



驚いた。ブゥンとブラウン管染みた音を立てたそのモニターに、いきなり人影が写りこんだのだ。(いや別に幽霊とかじゃない、絶対)
目を見開く俺に対し“そいつ”は目を閉じたままで、画面越しゆえか肌が異常に白く見えた。ゆらゆらと長い髪が揺れている。女、か?

と、その時ふっと画面の向こうの人物の瞼が動いた。続いてゆっくりと持ち上がるそれに、少しずつ瞳が露にな『…ふあーあァ、よっく寝たー!』

「………」



神秘さも何も、今の一言で全て消え去った。
いきなりの台詞に俺は呆然と立ち尽くす。画面の向こうではその人物がうーんと伸びをしているのが見える。



『ん?』



そこで漸く俺に気付いたらしい。大きな瞳がこちらに向けられると、意図せず心臓がドキリと跳ねた。



「(こ、こっち見た?いやいやそんなまさかな…だってコレテレビだし)」

『あら、侵入者なんて久しぶりね』



しかしそいつは俺の予想を大きく裏切って、あっけらかんと普通の口調でそうのたまった。
俄かには信じがたいが、どうにもプログラミングされているとも思えない。本当にそこに人間がいるような、そんな気にさえさせるほどその映像は精緻だったのだ。



『こんにちは、侵入者さん』

「…あ、はいどーも」

『アンタも地球人?』

「…え、はあまあ」



と、そこで機械相手に応答している自分が空しくなる。
何だコレはと目を瞬かせるが、そこにいる人物はにっこりと蠱惑的に笑っているだけで。



『じゃあ初めまして、愚かな地球人さん。私はマザー。命を生み出す者』

「…まざー?」



母親、っつー意味だったか?
思いつつ首を傾げる。どうやら本当にプログラミングされているのではない、らしい。呆然としている俺に怪訝そうな視線を投げかけてくるし、手を伸ばせばきちんとそれを追って視線が動くからだ。



『ね、ちょっとアンタ』

「あ、ああ?」

『今の聞いてた?私自己紹介してんだけど』



何故か少し不機嫌な顔でそう言われ、ああどうも、とステレオタイプな返事が口から零れ出た。



『はいどーも。で、アンタの名前は?』

「え?俺?…坂田銀時って言いますけど」

『へえ…ギントキ?』



それを聞くとそいつはぱっと明るい顔をした。こっちなんか状況についていけなくて未だ混乱してるっつーのに、いい気なもんだ。



『いい名前ね、ギントキ。貴方の髪にぴったりだわ』

「…そりゃどーも」



きゃぴきゃぴと話す様は本当に人間を相手にしているようだ。科学に特化しているとは聞いていたが、まさかここまでとは思いもしなかった。



『こんなとこまで遥々ご苦労様。まあ分かってるつもりだけど、一応聞いとくわね。アンタ一体何しにここまで来たの?』



その質問で俺は漸く我に返った。
そうだ、目的。俺には負かされた仕事があったんだ。



「…狗毘羅の弱点を、ブッ潰しに来た」



動揺を何とか押さえ、射抜くような視線で言った。なるべく気迫が篭るように、幾分低い声で。
しかし相手はきょとんとしている。どこか「ああ、やっぱりね」という色を含んでもいるようだ。



『ふうん』

「…何だよ」

『いや、アンタもかと思ってさ』



にこやかに発されるそれは、少しだけ退屈そうな色を含んでいる。
こちとら一世一代の任務だっつーのに、その態度に少しだけ苛立ちが募る。



「アンタもってなどーいう意味だよ」

『そのまんまよ。結構いるのよねー、そうやってここまで来る輩が』

「へえ」



大人気ないとは思ったが(つってもまだ精神的にはガキだけど)、俺はモニターの向こうの少女につんとした態度を取った。
もうすぐここも終わりなんだ。少しは怖がって、泣くなりなんなりすればいい。



『へえって、興味なさそうね』

「ねェよそんなもん。すぐに壊すしこんなとこ」



すると少女は心外ねとでも言いたげに笑った。ケラケラという甲高い声が、無機質な室内に反響する。



『アンタ馬鹿ねー、ギントキ』

「は?」

『ここに来る人が結構いるっていったのよ私』

「だからそれがどうし『分かんないの?』



馬鹿ねえ。その視線は確かにそう言っていた。
くすくすとまだ笑いたげな眼差し。恐らく俺より年下の容姿だろうに、何だか凄くイライラする。



『何人も来てるんだけど、誰一人として狗毘羅を倒せなかったって言ってるのよ』

「…はあ?」



しかしそうして言われた言葉に今度は俺が笑う番だった。
だっておかしい。こちらは弱点を掴んでいるというのに。



『そうよ。この一室は狗毘羅の弱点そのもの』

「だろうなァ。つーかいいのかよ、敵の俺に教えちまって」

『べっつにー。どうせアンタも一緒だろうし』



少女が言うと俺の正面にあったキーボードが乗せられた台がスライドし、中から何やら鮮やかなコードが現れた。これは何だと視線で問う。



『これが、この部屋の命綱よ』

「あ?」

『簡単に言っちゃえば電源みたいなもんね。でもきちんと順番通り外していかないと』

「…いかないと?」



問い掛ける俺。に、にこりと音がつきそうな笑みを返す少女。



『次の瞬間ドカーン!』

「…マジで?」

『ふふっ』



多分ねえ、という言葉からは恐らく嘘臭さは感じ取れない。そもそも俺に弱点を暴露する時点でそういうトラップの類が仕掛けられてはいたのだろう。

さてどうするとでも聞きたげな笑みを浮かべる少女。この部屋の主なのであろうその人物には、きっとこの状況が面白くて仕方ないに違いない。



「…バカにしてんのか」

『そんなことはないわよ。こっちだって命かかってるからね。やるべきことはやらなきゃ』



なるほど、互いが互いの命綱を握っているという訳か。
そいつの賭ける命というのが少女自身のものなのかそれとも狗毘羅族の弱点を言っているのかは分からない。ただ一つ不思議なのは、そいつの姿が俺と何ら変わらない、“人間”の形をとっていたことだ。



『私としてはこのまま見逃してあげてもいいんだけど』

「…バカ言え。こちとら味方の命運握ってんだっつーの」



脂汗を浮かばせる俺とは正反対に、少女はどこか楽しげだ。鼻歌でも歌いだしそうなテンションで『そう』と軽く返したそいつは、猫科のそれを思わせる笑みを浮かべてこう言った。



『最初のコードを外した瞬間、カウントダウンは始まるからね』

「………」

『タイムリミットは今から6時間よ。それからどうなるかは…まあ神のみぞ知るっていうやつかしら』



小首を傾げつつ軽い口調で言う少女。大の男ですら竦み上がるような視線でぎろりと睨み付けたが、どこ吹く風と言わんばかりに流されてしまう。



『じゃあ、お手並み拝見と行きましょうか』

「…望むところだコノヤロー」

『よしよし』



タイムリミットは6時間。時計の長針がぐるぐると6回回転をした後に、果たして俺がどうなっているのか。



『精々頑張ってね。ニンゲンさん』

「黙っとけや、機械(からくり)風情が」

『あら怖い』



さあ、ゲームの始まりだ。










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