jam

□シンク
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終わりの見えない曇天が空を暗くする。立ち込める雨雲のせいでいつもよりずっと高さを無くしたそこでは雷の遠鳴りがゴロゴロと渦巻いていた。
「これでは外も中も変わらん」と、眉間に皺を寄せて空を天井に例えたのは、確かどっかのヅラ野郎だったか。

広大な大地はかつて命が芽吹いていたことすら疑わせるほど荒れ果てていた。毎日のように爆撃を食らい血を吸い込んでは赤黒さを増しているようだった。


刀を揮う腕が重い。刀身には斬り捨てた敵の脂がべっとりと纏わりついて、ただでさえ刃こぼれしたその切れ味を一層最悪なものに貶めている。
向かい来るのは俺たちとは姿も言葉も違えるイキモノ。否、イキモノかすら疑ってしまう。だってなぜならこいつらは、



「っちくしょう!一体どんだけいやがるんだこいつらはッ!」



――ザシュッ!!
小気味よい音を立てて刀が揮われるのを背後で感じた。数多いる敵を薙ぎ倒しつつもうんざりしたように叫んだのは高杉で、先日の大戦により負傷した左目に巻かれた包帯がすっかり元の色を無くしているのが目端に映り込む。


天人。それが俺たちの倒すべき相手であった。
便宜上俺たちと分類されるためにつけられた名であるが、ヒトという字の上に天なんざ崇高な文字を宛がっているのがまた胸糞悪い。

空から現われし異郷の者。人類を滑るべくやって来た支配者。
誰が何の意味を持って呼び出したのかは知らないが、文字通り上空から突然舞い降りたとんでもない集団からの圧力に俺たちは毎日必死で潰れないよう踏ん張っていた。


ヒト対、天人。どっからどこまでが同じ星の奴らなのかは全く判然としなかったが、今回の敵は特に厄介な部類だった。

大型の獣に似た容姿を持つ奴らの名は、狗毘羅(くびら)。
情報によれば地球よりもずっと科学に特化した文明を持つ惑星の者たちで、奴らが携える軍事力は夜兎なんかとはまた違った意味で最強レベル。繰り出される兵器は俺たちが持つ刀や銃の何千倍もの威力を有し、一度砲口が火を噴けば仲間の半分は持っていかれる。
命など惜しくはない。そう思い飛び込んだ戦ではあろうがこれではいくら何でも多勢に無勢だ。


――…ごきッ!!
また一人目の前の敵を力任せに蹴り捨てて、俺は止まない戦火へと雄叫びを上げた。

向かい来る天人は皆一様の顔かたちをしていて、そんなのがうじゃうじゃしている様子ははっきり言わなくても気味が悪い。
斬られる痛みも仲間が死ぬ哀しみも感じないというような無表情。イキモノであるかを疑ってしまうと言うのは、奴らがそんな集団であるからだ。



「クローンっちゅーのはまっこと面妖な技術じゃのー」



どこか暢気な響きで高杉の背中を守っていた辰馬が言った。
口調はのんびりとしているが、そこにある表情はどこか疲労が滲んでいる。汗がどっと額から噴出し銅製の兜が重そうだ。

そんな心配すらも出来ないほど俺たちの戦況は最悪中の最悪で、一瞬でも気を抜いたらクローン兵にメッタ刺しにされるのがオチだった。
背後から物凄い勢いで突き出された槍の嵐を体を捻ってよけ、無表情さが滲む毛むくじゃらの頭を頭蓋ごと勝ち割る。右手の骨にまで嫌な振動が伝わったが刀だけは落とせない。ぐっと刃を食いしばると、たった今倒した敵がどうっと地面に伏せるのすら見ずに次なる敵へと突っ込んでいった。


――酷い、戦争だった。





***



俺がヅラからその話を聞いたのは、丁度昨日の夜のことだった。
数日に渡る狗毘羅との戦いで疲弊した体を何とか引き摺り、アジトとも呼べないボロ小屋に帰還したのが確か三日前。短い休息期間の終わりの一日も大して変わらぬ時間を過ごし、「あーそーいや明日も戦だっけ」とか思いつつ鼻を穿っているところで声をかけられたのだ。



「銀時、ちょっといいか」

「んあ?…何だヅラか」

「ヅラじゃない桂だ。お前に話がある」

「…俺は男に興味はな「笑えない冗談を言ってる場合か」



思い切り顔を顰めて言った俺に、もう話すのも面倒とでも言わんばかりの勢いでヅラはどかりとその場に腰を下ろした。あるんだかないんだかよく分からん窓を全開にし座っていた縁側は、畳が冷えて少し肌寒い。

座ったはいいがヅラは何やら言いよどんでいる様子で、「あ」とか「お」とか意味のない言葉を発しては宙に目を泳がせていた。(何コイツマジで告白とかじゃないですよね?)
俺は大して気にもせずにその様子を眺めていたのだが、ふいに何かを決意したような顔でいきなりこちらを見るものだから、それには少しだけ驚いた。



「いいか銀時、よく聞けよ」

「あー?」



一言そう置いてヅラは話し出した。普段から真面目な話をしようとしてどっか抜けてる野郎だから、今回もそんなとこだろうと踏んでいたのだが。



「…明日の、敵のことだが」



いつもならば決して日常に戦を持ち込まないヅラ。そんな野郎が敵方の話をするものだから俺は再びびっくりして少しだけ目を見開いた。



「あー、あのケダモノ集団?くろーん、だっけ。きっもち悪ィよなアレ、いい加減にして欲しい」



その驚きを見抜かれぬよう勤めて普段の口調を貫き通そうとする俺。眉間を寄せたままだるそうに掲げた手を左右に振るが、しかしヅラはその態度に注意をくれることすらしなかった。



「…どうしたヅラ。何か変なもんでも食ったか?」

「…銀時」



何とか場を和ませようとする俺の苦労も知らず、ヅラは真剣な目で俺を覗き込む。ドキリ。嫌な意味で心臓が高鳴る。
コイツの、こういう様子はわずかだが知っている。確か先生が死んだ時も、こんな何かを堪えるような表情を見せていた。



「俺がもし、敵の弱点が分かると言ったら…どうする?」

「…は?」



そして発された予期せぬ言葉。
思わず素っ頓狂な声が出てしまうくらい俺は動揺していたらしくて、体を起こそうと畳みに突いた左腕から一瞬かくりと力が抜けるのが分かった。



「どーゆう意味だ、そりゃ」

「そのままだ。たった今、情報方から連絡が入った」



俺たち前線で戦うのとはまた別の部隊。“情報方”ととりあえずの形で呼ばれているその集団は戦闘向きではないが、心理攻撃や陽動作戦に長けた輩の集まりだ。
主として情報入手や敵方へのスパイ、物資の運搬などに当たっていると聞くが、彼らの持ち込む情報は俺たちにとってなくてはならないものだ。それゆえに信憑性も高い。



「…確かなのか」



半信半疑と言った様子で俺が問えば、どこかぎこちなくヅラが頷く。
その答えに俺は一縷の光を見た気がした。それさえ分かれば、俺たちは勝てるかもしれない。仲間を、失わずに済むかもしれない。

思わず掴みかかるとぎょっと目を見開くヅラだが、その表情はやや気まずそうでもあった。それには気付かない振りをして俺は先を急く。



「で、それは何なんだ?何か押すと爆発するボタンでもついてんのか奴ら」

「…爆発するボタンかどうかは知らん。ただ、」



言いよどむヅラがまた視線を浮かす。それがもどかしくてガクガクと揺さぶれば、うざったい長髪が一瞬遅れて波打った。



「じゃあ何だ!アレか、七つ集めると願いが叶う玉が必要なのか!」

「貴様は漫画の読みすぎだ!そうではない、もっと…」

「ヅラァ!」



――ダンッ!
痺れを切らした俺は遂にその着物の合わせ目を捻り上げた。そのまま引っ張り上げれば、ヅラは一瞬苦しそうに顔を歪める。



「何モゴモゴしてんのか知らねーけどな、少しでも可能性があるなら縋るべきだろーが!それとも何か、まだあのおキレイなてめェの武士道でぐらついてんのか!」

「――違う!」



怒鳴るような口調。詰め寄った俺の手を力強くヅラが弾き飛ばす。
赤くなった甲はジンジンと疼くように痛んだが、それよりも俺は目の前の男が持つ答えが知りたかった。



「…俺は生きる。生きて、新しい時代を迎えてやる」

「そーかそーか、その心意気やよしってやつだ」



大仰に頷くと、漸くいつものように笑ったヅラ。「変わらんな」と皮肉るように言われたが、一体それがなんぼのもんじゃい。



「クローンの話はこれまで聞いた通りだ。正直今回ばかりは俺たちの部が悪い」

「だろうな。でもやらなきゃなんねーんだろ」

「ああ、そうだ」



先ほどとは違いヅラは何かを吹っ切ったような顔でこちらを見つめた。
やらなきゃならない。手足がブッ飛ぼうが、頭が破裂しようが、この鼓動が最後の一回を打ち鳴らすその瞬間まで。



「…だが、勝機はある」

「それが弱点ってか」



俺たちは、止まれないから。





***



ぐるりと周囲を見渡すと、最早何が何やら分からない、ただ全てが渾然一体となったカオスのような状況が出来上がっていた。空も大地も人も天人もみんな一緒くたにごちゃ混ぜにされて、その上を戦う奴らが飛び越えていく。

俺は敵を薙ぎ払いながらある一点を探すために目を凝らす。
次々に湧いてくる敵が邪魔をするが、それでもここで倒れるわけにはいかなかった。



『お前だけが、勝機を握っている』



柄にもない言葉を吐いたヅラには、悪いが相当鳥肌が立った。それは男からの賛辞という薄気味悪さが半分と、信頼されていると言うむず痒さが半分と。
言い放つ際照れくささも相俟ってヤツが微妙な表情をしていたことは気になるが、まあいい。それさえ見つけてしまえばこっちのモンだ。



「…っあああ!」



重い体を弾き飛ばせば一瞬だけ進路が見える。
見つけた、あれだ。

狗毘羅どもがこぞって守ろうとしている場所をこの数分で見つけることが出来た。まあ単細胞な野郎共だから、兎に角密集している場所を探せばいいだけの話ではあるのだが。
だがそこに突っ込むまでがどうにも長い。斬れば斬るだけ湧いて出て来るこいつらにはいい加減うんざりしていたのだ。あー、こんな時に俺がカメハメ波を使えればと一体何度思ったことか。



「銀時ィィィ!」



と、その時だった。
戦場に吠えるような声が響き、俺ははっと顔を上げる。姿は見えないが、ヅラの声だった。(ような気がする)
必死に目を凝らせば、俺が進むべき道の先でもみくちゃにされる長髪が。



「何をちんたらしとるか貴様ァ!あんだけ俺がカッコよく言ったんだからそこはちゃんとやるのが礼儀というものだろう!」

「知るかボケェ!ちょっとダイエットで朝飯減らしたら眩暈がしただけだっつーの!」



戦禍で他愛無い戯言を交わす男ざ、ほんと緊張感ねーわ俺ら。
ヅラが開いた道は一瞬で元に戻る。が、ここで引いたら男が廃るっつーもんで。



「死ぬなよヅラァァ!」

「ヅラじゃない桂だ!お前がちゃんと俺の名を覚えるまで死んでなどやらんぞ!」



叫んだ瞬間、わっと襲い来る敵の波。頭上に降りかかる影にはっと気付き視線を上げれば、そこには振りかぶる狗毘羅が二体。俺の目の前まで迫っていた。



「…げっ」



呻き声を漏らす。やべェ。ヅラなんかに構ってる場合じゃ――



――ガキィィン!!
「!」






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