jam

□シンク
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余りにも先ほどまでと変わらぬテンションで発されたそれに、俺の声は微妙に裏返って発されることとなる。いつもより甲高いそれが喉を痛めるが、気付かぬ振りをして俺はゆらりと立ち上がった。



「どういう、ことだよ」

『だから、そのまんまよ。残り二本、いずれを切るかはアンタが決めるの』



冷水を浴びせられたというのはこういう気分を言うのだろうか。突如すっと冷める体温に足元がなくなった気分だった。
慌ててモニターに噛り付き、まるで人にやるようにして俺はそれを掴んでガクガクと揺らす。



「ふざけてんのかテメー!ここまできといて何言ってやがる!」

『私は至って真面目よ。ふざけてるのはそっちじゃないの?』



私は敵。貴方の敵。
言った少女の瞳は、さっきまでの明るさをすっかり失っていた。青白い画面にぽっかりと浮かぶ空洞のように、漆黒のそれは俺を見据えている。



『馬鹿ねギントキ。世の中そうそう簡単にいくもんじゃないわ』

「…ん、なバカな…」

『ごめんね。だって私にも分からないんだもの』



最後の解答だけは、どうやら与えられていないと少女は言う。
強大な能力持つ生き物は、それゆえに何がしかの束縛を受ける運命にある。人工知能の結晶である少女もその一つであり、高い知能を有するが故に自爆などが出来ないように最後の一手だけは教えられなかったのだろう。



『狗毘羅はやたらと頭のいい集団だけど、それゆえに非科学的な現象を一切信じない欠点もあるわ。今回に関しても自分たちは絶対に倒されないという確信を持ってる』

「………」

『でもねギントキ、私は結局最後に勝つのは』



――本当に勇敢な者だと思うの。



水面に波紋を発生させる音叉の波動のように、そいつの言葉は俺の脳裏に何度も反芻されては消えていった。

目の前にあるのは青と赤、それぞれコードが一本ずつ。余りにもお約束な展開に泣きそうになる。「漫画の読みすぎだ」といつもヅラは俺を叱ったが、それも一理あるかもしれない。(でもきっと読書量は減らない)
頭を抱え悩めども、こんな時の対処法なんざ一向に浮かんでこない。最後に残るコード。主人公が選ぶのは青だったり赤だったりと漫画によって色々だ。こんなことならしっかりまとめてメモにでもしておくんだった。

頭を抱えて悩んだところで答えが出て来るわけでもない。断崖に立たされた死刑囚のような思いでのた打ち回り、しかし疲れた体と脳味噌ではいい考えも浮かばんだろうと俺は不貞寝を決め込んだのだ。
こうして話は冒頭に戻るわけで。





***



目が覚めたところでどちらかのコードが切れているわけでもまたその答えが分かったわけでもなかった。ただ寝起きの気だるさだけが体内に渦巻いているようで、しかも硬質な床に寝ていたものだから体中が痛いおまけつきだ。
不機嫌なままボリボリと頭を掻く。風呂に入りたいと思ったが、果たしてそれは叶うのかと考えたらわずかに不安になった。

嗚呼、本当にこれが漫画の中の出来事だったらよかったのに。


相変わらず少女は歌を歌い続けている。どこかで聞いたそのメロディラインは機械が歌うにしては優しいもので、無機質を詰め込んだようなこの部屋では何だかやたらと浮いたような感じでこの耳に響いた。



「…何、それ」

『ん?』

「何の歌だって聞いてんの」



狗毘羅なんざ名前も知らなかった星の奴らが作った機械が歌う、優しい歌。何故だかしっくりと耳に馴染むそれは、決してうるさいということもなく俺に純粋な興味を抱かせた。



『…何でそんなこと聞くの?』

「いや、何つーか…聞いたことあるような曲だから」



思わぬ問いに少ししどろもどろになって答えたが、帰って来たのは『ふうん』という空気のような返事一つだった。



『そりゃ聞いたこともあるでしょうね。これ、地球の歌だもの』

「マジでか」



おかしいと思っていたことにふっと光が指した気分だ。少しだけ感じていた少女に対する違和感。それは姿形の問題もあるだろうが、何よりも“言葉が通じる”という点に他ならず。



「何で狗毘羅の人工知能が地球の曲なんざ知ってんだよ」

『…秘密』



だがしかし気になる答えは曖昧に隠され、俺のなけなしの好奇心はそこでしゅんと萎んで消えた。

ボリボリと後頭部を掻きつつ再びモニター下の配線盤に向かう。残っている青赤二色のコード。どちらかを斬れば生き残り、どちらかを斬れば死ぬ。
少し寝てみたところでその事実は変わることもなく、結局俺はまた頭を悩ませるしかないらしい。ちらりと壁に設置されているデジタル式の時計を見れば、俺が解体作業を始めて3時間近くが経過していた。



「っつっても分からんもんは分からんっつーの」



つんつんと刀で突いてみるも、コードが返事をするはずもない。

多くの仲間を助けたいと願うくせに、最終的には手も足も出ねェってか。再びごろりと仰向けになり、天井を見上げたまま目を瞑る。すると浮かんだのは先日の大戦で、左目を負傷した高杉を辰馬と二人で必死に連れ帰ったのをありありと思い出した。
その時丁度足を踏み降ろした真横では、朝に一緒に白米をかっ込んだはずの野郎が物言わぬ入れ物となって横たわっていた。

あんな光景は二度と見たくない。非力な自分を思い知らされたくない。
力を篭めて瞑った瞼は網膜に妙な影を残し、薄く目を見開いただけでも奇妙な生物が視界で泳いでいるようだった。


あーとかうーとか、言葉にならない言葉を並べてごろごろとし始めた俺に、溜め息を吐いたのは件の機械少女だ。もう飽きちゃったのと言わんばかりのそれに、俺は思わずじとりという視線を投げつけた。



『アンタこれが使命だって言ってなかったっけ?いいの?そんな調子で』

「うるせーな、んなこたわァってんよ」



分かっている。分かっているのだがどうにも自分を信じられないのだ。

判断を誤れば確実に死ぬ。今までの戦場とは全然違う恐怖に俺の脳味噌は容量オーバーを迎えていた。
大体根本的に根を張る場所を持たない俺を、一体誰が信じられる。ちくしょう。唇を噛めば僅かに血の味が残っている。
俺は一体、どうしたらいいんだ。


普段余り使わない頭をフル活動させているせいか。余程厳しい顔をしていたのであろう俺に、少女が『ねえ』と声をかけた。



「…んだよ」

『答えは教えらんないけどさ、どーせ分かんないんならちょっと気分転換でもしてみない?』

「はあ?」



暢気な物言いに苛立ちが増す。まあまあと両手を挙げるそいつに、機械に窘められるなんてと僅かにショックを覚えた。



『ここ、何で奴らの弱点って言われてるか知りたくない?』

「いや、全然。つーか今俺考え事して『まあいいじゃないの。私が暇なんだから少し付き合ってよ』



台詞の途中、物凄い理屈で捻じ伏せられ否応なしに俺は口を噤む。すると少女はどこか満足気に笑い、モニターの向こう側でよっこらしょと膝を抱えて座り込んだ。



『知ってると思うんだけど、狗毘羅の兵士はそのほとんどがクローンなんだよね』

「…ああ」



すっかり話し込むモードになっているそいつに、付き合ってやるつもりはさらさらない。さらさらないはずなのに、返答をした自分が本気で嫌になった。



『ぶっちゃけね、ここ、クローンの生産所みたいなもんなんだよね』

「へー…ええ!?」



一度は流そうと思った台詞が、脳に伝わったら意外に重要なことだったりして思わず目を剥く。いい食らいつきを見せた俺に少女も満足気にうんうんと頷いて見せた。



『母星のラボにある受精卵を持ってきて、この水槽――っていうか実際は擬似母胎装置なんだけど――の中で育てるの。最先端の技術でコントロールはされるから、大量生産が可能だからね』

「………」



まるで大根か何かの話でもするかのようにあっさりと言ったそいつが恐ろしい。
命の誕生を「生産する」というその価値観にはドン引きであるが、これでクローン兵の謎が解けた。そりゃあ次々に生み出してんならどんだけ倒したって意味がないよなァ。



『だからここは弱点なのよ。この二本のコードのどちらかを切れば完全にコンピューターは停止するし、しかも言っちゃうと今動いてる兵士たちも息絶えることになるわ』

「…何で?」

『最先端の技術って言ったでしょ。結局それは人工のものでしかなくて、こんな急速に完璧な生命体を作り出せるわけじゃないのよ。特殊なチップを埋め込むことでこちらから一斉に脳と神経に命令を送り出してるの』

「命令?」

『そ。コードを切ったら呼吸機能も循環機能も止まるから、自然とクローン共は死んじゃうってわけ』



まるでお伽噺のようなその内容に、俺が生きていたのは物凄く狭い世界なのだと思い知らされた。
そんな非常識な奴らと戦ってたのか俺らは。まあだからと言ってその非人道的な考え方に隷従してやる気もさらさらなかったんだけれども。

と、話を聞いていてふと疑問に感じることが脳裏に浮かんだ。その良し悪しを考える前に、言葉が口を吐いて出る。



「…じゃあ、お前は?」

『え?』



突然発された問いに少女はきょとんと目を瞬かせる。その睫の一本一本すら緻密に構築されている様に、何度目かも分からない人間らしさを感じてしまった。



「コードが切れたら、お前はどーなんの」






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