jam

□シンク
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しゃがんだ体勢から無遠慮に見上げてそう問うてみる。赤い瞳でこうすると、どうにも挑戦的というか攻撃的に映るという。(普段はそんなこともないが)
そのせいもあってかさっきまで気丈にしていた少女が一瞬たじろいだのが分かった。勝気そうな瞳が困惑に揺れる。



『…そんなの、アンタに関係ないでしょ』

「そりゃそーかもだけど」



ふいに気になったのだから仕方がないだろう。しかしそう口にするのはどこか気恥ずかしい気もして、機械にこんな気を使ってやってる自分が滑稽で嫌になった。
濁した語尾はついでに俺の発した疑問も混ぜ込んでしまったようで、嫌な沈黙が突如その場に満ち満ちた。あっちは目をひたすら泳がせてるし――つーか一体何やってんだ、俺。

ゴホンと大きく咳払いをし、目が痛くなるほどに見つめたコードを再び見据える。赤か、青か。もう最後は直感に任せるしかないかと、俺はどこか諦めにも似た溜め息を吐いた。
それを斬ってしまったらどうなるのか。少女が俺の視線が外れたことによって小さく息を吐き出していたのを、また考える体勢になっていた俺は知る由もない。



――カチコチカチコチ…
恐らく起爆装置のものであろう音が静謐な空間に響く。刀を床に突きたてそこに手を置いたまま暫く固まっていた俺は、掌にぐっしょりと汗を滲ませていた。
時計を見る。もうすぐ5時間が経過する。

と、丁度その時だった。ゴォンという重々しい音がして、部屋全体がぐらぐらと揺れたのだ。



「…何だ?」



思わず俺はコードから視線を外し、音の反響する頭上を見やる。するとそこで少女が『まずいわねえ』とまたしても暢気な口調でのたまった。



『今のは受精卵が最終的な成長段階に入った音よ。ついでに言うとこの部屋は一応外装は風景に溶け込ませてあるけど、物質保存の法則から完全に消し去れるわけじゃないから、』

「…装甲がエラい痛めつけられてるってか!」



その言葉に思わず立ち上がれば、再び地面がぐらぐらと揺れた。さきほどまでは衝撃緩和層がシールドの役目をしていたようだが、どうやら重なる攻撃によりその層に支障を来たしたらしい。



『皮肉ねー。アンタがコードぶっちぎっちゃってたから、私もちっとも気付けなかったわ』

「暢気に言ってる場合か!」



のほほんと小春日和の縁側みたいなテンションで言うそいつだが、状況はとてもヤバいのではないだろうか。
クローンが誕生してしまったらここは敵だらけになる。そうなったらさすがの俺でも流石にヤベーぞ。どうすんのコレ、絶体絶命じゃね?



『クローンが生産されるのが早いか、それとも装甲がぶち破られてこの部屋ごと潰れるのが先か…』



どうしてかその中に俺の勝利は含まれなかった。
恐らく俺が間違えることを見越しての発言だろう。危機的状況に腹立たしいことをほざくものだ。



「それより早く、俺がコード切ればいい話だろ」



ぐっと再び刀を握る手に力を篭める。迷っている暇はない。今すぐに決断しなければ。



『…ねえ』



と、そこでまた俺にかけられる声。誰が作り上げたんだがやたらと高いそれは、確かに温かさを孕んで俺の鼓膜を震わせていた。



「今度は何だ!」

『最後に一個だけ、聞いてもいい?』



先ほどまでとは打って変わったしおらしい声音に思わず視線を上げる。部屋は先程よりも激しく揺れ始め、外の喧騒がまだ大分遠くではあるが微かに聞こえて来るようだ。



「…時間ねェから、短くなら」



ぶっきらぼうにも言ってやれば、そいつはほっとしたような顔で『ありがとう』と言った。何だよ。いきなりそんな顔してんじゃねえよ。(つーか最後って、)

ぐらぐら、視界が揺れる。同時に床と天井を貫くようにして立てられた巨大な水槽に張り付いているモニターも揺れて、ザザッと一瞬だけ映像が乱れた。



『ギンと、キ』



そして少女の影も一緒にぶれる。何だこれ、空間にあったはずの人影が揺れただけでやたらと不安になる。
どこかでガラスのようなものが割れた音がしたが、俺はそれすら頓着せずに画面に向かって顔を近づけた。



「おい、どうした」



情けなくも声が震えている。否、これは伝わる振動のせいだ。
言い聞かせてモニターを支えるようにして手を添える。すると漸く映像が安定して、真横に入った線が帯状に上から下へと流れているのが止んだ。ぱっと画面に少女が戻る。



『あ、戻った』

「戻ったって…大丈夫か今の」

『あーうん。何かびっくりしたけどね』



あっけらかんと笑う様子に俺もほっと息を吐き出す。が、吐き出してからそれがおかしな行動であることに気付いた。
いやいや、こいつは敵だろ。何ちょっと安心しちゃってんの俺。たった数時間で絆されるなんざ柄じゃねェっつうの。



「で、質問って」



俺の中に生まれた小さな困惑を押し隠すようにつっけんどんに聞けば、『ああ』というようにそいつは顔を上げる。
青白い画面に黒い瞳だけはやたらと映えていて、どこまでも沈んでいけそうなその深さに俺は内心ドキリとした。



『どうして、ギントキは戦おうと思うの』

「…は?」



が、突拍子もない質問の内容にそんな動揺も星の彼方へ消え去ってしまった。
軍事の最先端のような機械が何を言っているんだ。ツッコんでやろうかとも思ったのだが意外にもその表情が真剣だったものだから、俺も茶化すことは出来なかった。



「どうしてっつわれてもなァ…」



考え続けた頭にまた面倒臭い質問だ。ぼりぼりと後頭部を掻く仕草はここに来て一体何度見せているだろう。もしかしてこれって俺の癖なのかもしれないと、こんなところでまたどうでもいい発見。



『何か理由があるでしょ?国のためとか、力のためとか』

「何だそりゃ」



乗り出すように問う少女に、今度は俺が怪訝な表情をする番だ。そんなチンケなもんのために俺は態々戦ってやれるほどお人よしじゃないっつーの。
するとそいつは『違うの?』と不思議そうな顔をする。きっと狗毘羅のお国柄(お星柄?)のせいだろうか。実益重視の思潮が、きっとそんな疑問を起こさせているのだろう。



「あー…上手くは言えねェけど」

『うん』



少し考える素振りを見せるが、明確な言葉は思い浮かばなかった。仲間のため、とか。そんな薄ら寒いことは言えねーしなァ。



「…何だろな。俺もよく分かんねーわ」



結局そんな適当な答えでお茶を濁す。すると少女は目を瞬かせてきょとんとした表情を見せる。
不満なのかとも思ったが、しかし次の瞬間には大きく破顔していたのできっと悪くはなかったのだろう、多分。



『何それ。ギントキらしいね』

「俺らしいって何だよ」

『ふふっ』



おかしそうに吹き出す様子は、くすくすという笑い方よりもどこかそいつに馴染んでいた。
まだ俺より幼いだろうに、こいつはこんな中に閉じ込められているのか。偉そうにも“マザー”と名乗ったその少女はじっと見るととても線の細い体つきをしていて、青白い光も相俟ってとても不安定な存在に見えた。



「…なァ」



その瞬間、先ほどはぐらかされたはずの疑問がまた念頭に浮かび上がってしまい。



「俺がこれ切ったとして、お前は消えるのか?」

『………』



今度は逃げられないようにして問えば、少女は困ったような笑みを浮かべた。
相手が機械だろうが、これは分かりやすい。そんな表情が俺の前で通用すると思ってんのか。



『消えない、よ』



ぎこちなく、しかし柔らかく言ったそいつは始めと同じようにして笑っていた。痛いのを我慢するような、正直今までで一番人間臭い表情だった。
と、その瞬間。



――ゴォォ…ン…!!

「!」



遠かったはずの音が次第に近付いているのが分かった。外からの攻撃で既にこの部屋すらも危なくなっている。
――時間がない。



「…ちくしょう、こうなったら一か八かだ」



――ギリッ
刀の柄部分はすっかり握り手がボロになっていて、握り締めるとザワザワとした質感が掌に痛い。それでも躊躇している時間はないのだ。

目を閉じる。まるで走馬灯のように仲間の顔が浮かんでは消えた。それは今生きて戦っている奴らのものもあれば、志半ばで命を落とした者まで実に様々だった。
止まれないことを思い知る。奇しくも俺は、守るべき仲間を持ちすぎたのだ。



「悪いが、どうなっても恨むなよ」



掲げた刀を頭上で止める。目を閉じたまま振り下ろして、切れていた方が俺が選んだものだ。
全てを天に任せるアバウト極まりない計画は、ヅラあたりが聞いたら卒倒するだろう。だが、俺に任せたあいつらも悪いということで。



「…っらァァァァァ!!!」



天井にビシリとひびが入る音が聞こえた。次いでパラパラと壁に使われていた物質が降り注ぐ。
俺は力一杯刀を振り下ろさんと雄叫びを上げた。綺麗とは言えない様子で室内に跳ね返る声は、ガラガラという崩壊の音に混ざり合う。



『――バカだね、ギントキ』

「!」



ふと、声が聞こえた気がした。
思わずかっと目を開ける。



『最後の最後で、私なんかに騙されてちゃあ』



にこり。笑った顔は素晴らしく精緻で美しかった。まさしくツクリモノとでもいうように、完璧な笑顔。



『だけどまあ、楽しかったから』



ご褒美ですと言って、口角が上がる。
ちょっと待てオイ。お前、一体何を。



「何…っ!!」



一瞬強い光がモニターに溢れ、俺は思わず強く目を瞑ってしまった。この部屋に入り込んだ時と、同じ事態が起きている。

閃光が弾けるような強い光。それが徐々に弱まると俺はそっと目を見開いた。
先ほどまで続いていた揺れはぴたりと止んでいる。そして何より、部屋自体がどこかさっきよりも暗さを帯びていて。



「…あ…?」



不吉な音も外の喧騒もすっかり止み、その空間にはイキモノの気配を全く感じない。
目を開けた先、直視したモニターブラックアウトし物言わぬ箱となっていた。



少女の姿は、もうどこにも見えなかった。










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