jam

□シンク
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――真っ暗な画面が視界一杯に広がる。一瞬の出来事に俺は呆然とただそこに立ち竦んでいた。



「………」



完全に機能が停止してしまったのか、うんともすんとも言わないモニター。ブラックアウトしたそこ写るのはアホ面を晒した俺とガラガラと崩れ落ちる背景のみで、先ほどまで笑っていた少女はどこにもいなくなっていた。



「…オーイ、まだ、コード繋がってんだけどー」



コードを切らねば勝機はないと少女は言った。なのに俺の目の前にあるコードは赤青二本とも綺麗に繋がっているではないか。
そっと近づき入り組んだコードが敷き詰められていた配電盤を見やれば、何やらプスプスと白い煙が上がっているのが見える。恐らくショートでも起こしたのだろう。


一瞬、躊躇してしまった。モニターに映るあの人物が消えてしまうのかと思ったら、何だか物凄く怖くなったのだ。
俺の背中に背負わされた命が一体どれほどの数に上るかも忘れて、ただ目の前の存在に心を動かしてしまった。

――情けねえ。自嘲にもにた笑いが鼻から抜ける。敵であるはずの少女に掌で転がされ、最後には助けられちまうとは。
情けなくて、涙も出やしねーよ。バーカ。



ゴゴゴゴと不吉な音が頭上で絶え間なく響き、一瞬止んだと思った地響きも再び勢いを取り戻している。
コンピューターが止まり狗毘羅自身は倒せてもこの一室が被った被害がゼロになるわけではない。衝撃緩和層なんかは恐らくもう毛ほどの役割も果たしていないだろう。あとすこし攻撃を受けたら、確実にここは崩れ落ちる。

――ドゴォン!!
どこかで柱でも倒れたか、盛大に崩壊が始まったようだ。パラパラと振ってくるのは微細な粒子たちで、天井が既にヤバいことになっているのだろうと簡単に想像がついた。
このままでいたら、確実に建物の下敷きになる。死にたいと思ったわけではないはずなのに、しかしどうしてだか俺の脚は一向にその場を立ち去ろうとはしなかった。
おかしな話だ。


機械にも感情があるのだとしたら、アイツはもしや自決という手段に走ったのだろうか。散々俺を試すようなことをしながら、何故?
次々に浮かぶ疑問は尽きることはなく、しかし既にその答えを知る者はそこにはいなかった。少女がデータであれば復旧も可能だろうが、だからと言って俺と再び会える確立なんぞはゼロに等しい。

大体おかしいんだよなァ。「私なんかに騙されちゃあ」って、俺一体何を騙されてたんだっつーの。
――ああ、もしかしてアレか?本当はアノヤロー最後の答え知ってたとかか。うっわそうに違いねーわ、何それ超ムカつくんですけど。温厚な銀さんも流石に起こるよコレは。


ふらふらとした足取りでモニターに近付く。やっぱり真っ暗なままのそこには少し歪んだ形で俺が映っているだけだった。
ガァン!!背後で何がしかが落下する。



「銀時ィ!」



と、その時だった。バタバタと騒がしい足音が室内に響き、聞き慣れた声が轟音に混じる。
振り返らずとも分かる。ヅラと高杉とついでに辰馬だ。



「何をしとるか貴様!目的は達したのだろう、とっとと引き上げるぞ!」

「早くしろ!ここァもう崩れる!」



ああ、ヅラお前その腕どうしたよ。何か変な方向に曲がってるんですけど。
高杉は…何だちょっと大丈夫かオイ。包帯どこやった。傷開いてんじゃねーかお前。



「おまんら早うせい!」



辰馬か…ってお前も何なのその頭。何かすげーモジャモジャしてね?あ、いつものこと?そうじゃなくて俺が言いたいのは、何か血の量ヤバくねーかってそーゆうこと、



「急げ銀時!死にたいのか!」



ガラガラガラ。どんどん崩れ落ちる天井にヅラの声が反響した。俺は正面を見据えたまま、駆け寄るその気配を右手に感じている。



「聞いてるのか!」

「…なあ、ヅラァ」



ぽつり、出て来た言葉は返事ではなく呼びかけるようなものだった。この惨状にありながら落ち着いたそれに、俺自身がびっくりだ。



「…何だ」



俺の様子がおかしいことに気付いたのか、お決まりのツッコミもせずにヅラが返す。



「俺さァ、正直誰にも死んでほしくなかったんだよなァ」

「…そんなの俺とて一緒だ」

「はは、そーなんだけど」



そうなんだけど、そうじゃなくて。
自分でも何を言いたいのか分からなかった。だけどどうしても、言ってやらなきゃいけない気が、したんだ。



「普段はムカつくし、ウゼーな死ねよと思うけど」

「………」

「お前も高杉も辰馬も、あとほかの奴らも」

「…ああ」

「それから、死んでった奴とかも」



本当は皆、この手で護ってやりたいと思ってたんだ。
思っているだけで、俺はとんでもなく非力だったんだけれども。

俺の言葉にヅラは小さく俯いて、「ああ」と情けない声で相槌を打った。物凄くらしくねェ…ってああ、俺もか。
遠くで高杉と辰馬が心配そうにこちらを眺めている。心配ってガラかテメーら。つーか高杉ちょっとうるさい。



「…ヅラ」

「何だ」

「お前はさァ、何のために戦うの?」

「…何を言って、」



やきもきしているであろうヅラにそんな暢気な問いかけをする。小言の一つも投げてやりたいのを必死で耐えているのが分かるが、どうしても聞きたいと思った。どうしても、聞かせてやりたいと思った。



「国のためか?それとも権力のため?」

「…バカか貴様は」



あいつと同じように聞いてやれば、やはりヅラはあの時の俺のように呆れた溜め息を吐く。



「そんなもののために命が賭けられるか。これはもう俺のエゴだ。誰のためでもない、自分のために戦っている」

「………」

「武士たるもの刀を取って立ち上がるのに、然程の理由もいるまい」



全くこいつはというように吐き捨てたヅラに、相変わらずだなと笑いが漏れた。
こいつの武士道は本当に真っ直ぐで頑固だ。だけどまァ、今回はかなり上出来な方だと思ってやるかな。



「そうだよな」

「………」

「刀を握る覚悟に、誰かを使っちゃいけねェよなァ」



吹っ切れた顔でそう言うと、ヅラが少しだけ驚いたような顔をした。

平和のためとか国のためとか、そんなのは後からついて来る綺麗事だ。俺は死にたくないから戦うし、護りたいから刀を握った。全部、俺のためだ。それ以上もそれ以下もない。



「――分かったか、ポンコツ娘」



目の前の真っ暗な画面に向かってそう叫ぶ。何事か分からない様子のヅラだったが、ここでは然程のツッコミもしないようだった。



「やりたくねェこと惰性でやらされるくらいなら、死ぬ気で抵抗してみやがれ。オメー性格悪そうだから、そんくらいのことは出来るだろうが」



――ガァン!!
言いながら、水槽の上部に大きな皹が入るのを見る。



「俺は俺の道行くぜ。ここで助けてもらったとか、そんなことに恩感じてなんざやらねーからな」



なァ、聞こえるか。
たったこれだけの時間で俺をオトすなんざ、お前もよく出来たバカヤローだよ。敵にしておくには、勿体ねェと思うんだがなァ。



「俺に頭下げさせたかったら、死ぬ気で生きてまた会いに来い」



そしたらそん時ゃ、改めて自己紹介でもしようじゃねーの。



「俺の名前は坂田銀時。この世の糖分王になる男だァ!」

「銀時!いい加減にしろ、もう時間がない!」

「絶対忘れんなよ、テメー頭いいんならそんくらい覚えてられっだろ!」

「銀時!」



ヅラが俺の首根っこを掴む。一体どこにそんな力が余っていたのか、一瞬ぐらりと俺は体勢を崩すが。



「オメーみてェな嘘吐き、俺は一生忘れねーかんなァ!」



叫びと共に俺のいた場所に大きな塊が落ちてきて、それからもう何も見えなくなった。ヅラや辰馬に半ば担がれるようにしてその一室を飛び出せば、間一髪のところで激しい爆発が起きた。



「…あ、あぶねー」

「あぶねーじゃなかろう馬鹿者がァ!ちょっと死ぬかと思ったではないかァ!」

「まァまァ、生きてたんだから結果オーライじゃろ」

「そうそ、あんまカッカすんなやヅラ」

「ヅラじゃない桂だ!」



何事か喚くヅラを無視しのろのろとその場で立ち上がる。
荒地は荒地のままだったがあれだけいたケモノ軍団は一斉に姿を消していた。高杉によれば目の前で一瞬にして次々倒れていったらしい。



「ほんとに一瞬だった。ザアって灰みてェに崩れてなァ」

「…へェ」



想像してみたらちょっとしたホラーだった。よかった、そんなん目の当たりにしないで。



「まァ兎に角、オメーもしぶてェ男だよな」

「どーゆう意味だコラ」

「全員無事だったんだから良かったきに、なァヅラ!」

「だからヅラじゃない!殺されたいのか貴様!」



腕の折れたヅラが頭血塗れの辰馬に食ってかかると同時に、周囲からわあっという声が聞こえた。何事かと顔を上げれば、そこには見慣れた面々がこちらに向かって走ってきており。



「…んだよ、あいつらも大概図太い神経してんなァ」

「おんしに言われたかないじゃろー」

「いやお前もな」



汚ねェナリして集まってきた連中の中心で俺たちは笑いながら取っ組み合いを始めた。
皆どこかしら怪我していたけど、腹を抱えてゲラゲラと笑っていた。生きているとそう思わせた。



「よォし、全軍帰営じゃー!」

「何でてめェが仕切るんだオイ」

「つーか腹減ったな、今ならわんこパフェできる気がする」

「駄目だ、飯は蕎麦だと決まっている」



並んで歩くべく立ち上がると同時に強い光が地平線を走るのが見えた。思わずそちらに視線をやれば、眼を焼くような強い光。



「…どうやら一昼夜戦ってたらしいな」

「久しぶりのおてんとさんじゃのう」

「眩し…つか目ェ痛ェ」



高杉が盛大に顔を顰め、辰馬がアッハッハと豪快に笑った。ヅラは仲間から大丈夫かと声をかけられており、そう言えばと思い出したように顔を真っ青にしている。



「…ああ、光だ」



分厚い雲を割るようにして昇る朝日が全身を照らす。
荒野に注ぐ強い光は全ての命を蘇らせるかのようで、俺たちは暫くの間その場でそれをずっと見つめていた。



「…帰るかァ」





これが俺の護りたい、美しい世界だ。
そう呟けば、どこかで少女の笑う声が響いた気がした。










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