jam

□喜劇
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さて、前置きが長くなったがここからが漸く仕事である。
私は先輩から担当地区の地図をもらいルートの確認を入念に済ませると、本日配る分だけの宅配物をバイクの荷台に固定されたケースに丁寧に入れ込んだ。



「えっと…今日は江戸B地区、と」



ルートを書き込んだ地図を再確認。赤いペンでなぞった道路をそのまま頭に叩き込むが、これが決してそのまま役に立ったことは一度もない。まあ最終的に宅配員に必要なのは勘だと思うので、余りその辺は気にしないでいいのである。(ということに勝手にした)

――ブォン…!
バイクのエンジンが音を上げて吹き上がる。メーターがある位置まで急上昇したのと同時にアクセルを踏み、私は景気よく太陽輝く江戸の町へと繰出したのだった。





***





数件の家宅を回り宅配物を順に届ける。インプットしたはずの脳内地図はやっぱり当てにならなかったため、同じ道を3回も通ることになったのは最早ご愛嬌というやつである。



「えっと、あとはこれだけか」



メモと地図を確認して溜息を吐く。
これさえ終われば昼休憩だ。今日は何だかついてないし、お昼ぐらいはいいもの食べよう。私は脳内に地図ではなく会社から少し離れた美味しいと評判の定食屋を思い浮かべ、嗅ぎ慣れたその芳しい匂いを思い出してはにへっと頬を緩ませる。

最後の届け物は港付近へのものであった。
詳しい住所が書いていないためよく分からないのだが、埠頭の名前と恐らく舟艇と思しきものの名前が書かれている。



「…春雨…?」



何やら美味しそうな名前に思わず腹の虫が鳴く。兎に角とっとと終わらせてお昼を食べよう。
既にこの時私の脳内には昼食のことしかなくなっており、この先待ち受けている災難だとか悲劇だとかを予見するようなキャパシティは残されていなかったことをあらかじめ記しておく。



江戸の町をバイクで縦横無尽に走り回り、あまり来たことはない港へと到着する。手近な所で駐車をすれば、なるほど大きな船が見えるではないか。他にそれらしき船はないためあれが件の「春雨」さん宅(?)でいいんだろう。
私はバイクから降りると小包を脇に抱え込み、船に近づくべくキャップを被り直してすたすたと歩を進めた。



「…うわ、でっかい船」



数十メートル歩いた先、近づけば近づくほどにその威圧感を増す船の出で立ちに私は思わず感嘆の声を上げる。江戸に来てから2年が経つが、上京してこの方乗船などしたことはない。過去を思い出しても両親に琵琶湖で遊覧船に乗せてもらった記憶くらいしか発掘できず、私にとって貴重な「大きな船とご対面」という体験をしたことになった。

積荷の最中なのだろうか、がやがやと何人もの人々が行き交うのが見える。正直どの人が「春雨」さんなのかは不明だが、まあそれっぽい人に渡しとけば大丈夫だろう。
私は手近な乗組員に声をかけるべくたっと小走りをする。



「あ、あのー御免下さーい」



しかし近づいてみるとガタイのいい人が多く、何となく萎縮してしまった。というか何か無駄に天人が多い気がする。江戸の市街地だってもう少し人間の姿があるというのに。
びくびくしながらじろじろと私を見下ろす人(?)の群れを潜り抜ければ、漸くヒトらしい人物を見掛けることができた。桃色の髪を三つ編みにした後姿にそっと声をかける。



「ん?」



すると程なくその人は振り返り、一緒になって三つ編みと頭上のアホ毛っぽいのが揺れた。
瞬間、不覚にも少しだけ心臓が高鳴ってしまう。何だこの人、ちょっとだけ格好いいじゃないか。
ときめきの余波でぼけっとしていた私に男性は小首を傾げてみせる。日陰にいるため分かりづらいが、透き通るような肌の白さに気づくと私ははっと我に返った。



「すっ、すいません!毎度ありがとうございます、ミケネコヤマトの宅急便です」

「…宅急便?」



柔らかな微笑を湛えたままの表情にわずかな疑問符を見せるその人。そんな姿ですら様になるなあと、あまり年の変わらなそうな整った顔を見上げる。
すっと差し出した小包と私を代わる代わる見比べると、ふうんと溜息のような呟きを漏らして顎に細長い指を当てた。



「生憎とこの手のことは俺じゃ分からないんだよね」

「えっ、それじゃあどうしたら…」

「うーん、今上司は出はからってるしなあ…あ、悪いんだけどちょっと中で待っててもらってもいい?」



小包を受け取るだけなのに面倒なお家だと暢気なことを考えつつも、お兄さんの問いかけに「はい」と返してしまう。
何てったって今日は「大きな船とご対面」記念日なのだ。こんなお誘いがあったのだから、ちょっとだけ内部に足を踏み入れてみてもバチは当たらないだろう。






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