jam

□喜劇
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緑色のつなぎに同色のキャップ。所々黄色をあしらい爽やかさを前面に押し出したそのデザインは、私たちのイメージを一層よくするため社長が直々に考えたんだとか。
胸に光るはブサイクな三毛猫が二匹、大きいのと小さいのが連れ添って歩いている我が社のマークである。

ブラウン管の向こうに映るのはこれでもかというほどイイ笑顔を振りまいている男女。因みに今説明してみせたのはその人たちが纏っている衣装なわけで、ついでに言うと最近私にとって普段着と化してきた制服でもあるわけで。
古いテレビがスピーカーを通じて大声で歌うのは、やたらと耳に残るCMソング。日本全国、恐らくどこに行っても誰もが耳にしたことのあるだろうそのフレーズはつい口ずさんでしまう本日の鼻歌候補にぴったりではないだろうか。

――と、何やらとても悠長に話しているように聞こえるだろうが、決して今の私に余裕があるわけではない。寧ろ色々切羽詰っている状況で、何でか遠方で粉砕されている目覚ましに憤っていたりだとか、中々直らない寝癖に苛立ちを覚えたりだとか、夜更かしのせいで化粧ノリの悪い肌に年齢を感じたりだとか(ってまだ二十歳になったばっかだけど)、兎に角とてつもなく忙しい。



「いやァァァァ遅刻遅刻遅刻ゥゥゥゥ!!!」



叫んだ所で時間が巻き戻るわけでもない。しかし叫ばずにはいられないのが人の性ってやつだろう。
バタバタと走り回る足音に慌てて回した洗濯機が立てる嫌な音が混じる。破格の値段で借りている長屋同然のアパートは壁が薄いので、隣に住んでいるやくざまがいのオッサンがドンドンと壁を叩いては「うるせェぞ小娘ェ!」と頻りに叫んでいるのが聞こえた。いやうるさいのはそっちだ、もうお前なんか洗濯機に投げ込まれてしまえ。

普段からずっと中身を入れ替えることのない鞄は使い始めて2年が経つ。使い勝手がいいから捨てられずにいるんだけど、色もくすんできたしそろそろ変え時なのかもしれない。くそう、結構気に入ってたのになあ。

小さく舌打ちをすればそれと同時に携帯の充電が切れる音。しまった、夕べのうちにコンセントに差し込んでおくのを忘れていた。
嫌なことは何かと重ねて起こるものである。真っ暗に落ちた液晶画面は疲れ顔の私と指紋の跡ばかりが浮かぶのみで、再起動する気配は全く見られない。
我が家に家電なる崇高な電気機器はおいていないため、これで働き先に連絡することも出来なくなった。ジーザス!と信じてもない神様に向かって両手を広げるも、いつも人間を見捨ててばかりの彼らはこんな時にすら手を伸ばしてはくれないようだ。

無駄なことをしているうちに更に5分が経過した。現在8時47分、私の出勤時間は9時、そんでもって自宅から会社までチャリンコで30分!
救いようがないとしか言えない状況に目の前が真っ暗になる。もうこのうんともすんとも言わない携帯と共に再び眠りについてしまいたい。
しかしめそめそとへこたれている時間すらも私には残されていないため、適当な栄養バランス食品を引っ掴むと転げるように玄関を飛び出した。

飛び出した矢先で丁度新聞を取りに出ていた隣のおっさんと遭遇する。思い切り睨み付けられたが、今の私には彼なんかよりも社員の方が怖い。
パンチパーマに股引腹巻といういかにもなファッションセンスのおっさんに、私は後先考えず物凄い視線を向けると鼻息荒くその場を後にした。因みにその後おっさんが「アイツ中々見所あるわ」とか呟いていたらしいというのは…言わずもがな、聞かなかったことにする。



ジャカジャカと銀色ボディの自転車を立ち乗りで漕ぎまくる。紐の部分を思い切り短くしておいたショルダーバックはぴったりと私の背中にフィットしていて、まるで相棒のように急げ急げとその身を揺らして訴えてくる。人の行きかう街道で思わず「あいよ!」とか威勢よく返してしまったために道行く人々が仰天して振り返っていたが、そんなものは気にしていられない。(きっと帰り道の私が気まずい思いをするんだろうが)
信号も道路標識も意識に入れず出来る限りの速度を出せば、何とか18分という速さで到着することが出来た。



「お、おはようっ、ございますっ!」



盛大にドアを開けると同時に、ブゥンと音を立ててテレビが起動した。勿論私にそう言った能力があるわけではない、事務所のソファに身を埋めるようにして凭れていた年配の社員がタイミングよくリモコンを押しただけ。
画面には偶然にも私が出掛けに眺めていたのと同じ、我が社のCMがテンションの高い音楽と共に映し出されている。



『貴方の街の配達屋さん、忙しい貴方に猫の手をお貸しいたします!』
『お届けものは私たちにお任せ!』

♪ミケネコヤマトの宅急び「ちょっと貴女!」






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