jam

□喜劇
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全力疾走で廊下を突っ走ると、朝には見かけなかった船員であろう人々の姿をちらほらと見かけた。
何人かの人(てゆうか天人?)が私を不審がり声をかけてきたのだけれど、足を止める余裕など微塵もない私はそんなものを気にしてなどいられない。本当にすみませんと心中で謝りつつ「どけやゴルァッ!」と鬼の形相でにらみつける。すると何故だか一様に皆さん固まってくれちゃうので、これと言った弊害もなく元いた部屋へと戻ってくることが出来た。

――のだが。



「…な、ないっ!」



朝はぼんやりとしていて確認しなかったのだけれど、部屋に私の荷物らしきものは一切見られない。配達の際に持って行く携帯などが入ったポーチも残されておらず、私は呆然とその場に立ち尽くした。



「どどどうしてえええ!昨日はちゃんと持ってたはずなのに!」



無意味に部屋中を探し回り叫び声を上げる。しかし原因は一つ…というか一人しか考えられない。



「…あの野郎!」



脳裏に浮かぶへらへらとした笑い顔。いつかその顔に油性マジックで「肉」って書いてやると小さな野望を抱きつつ私は再び室外へと駆け出した。


先程ヒゲさんに見せてもらった地図を脳内で広げつつ船内を爆走する。勿論私に再び声をかけようとする強者などいるはずもなく、今度は「ヒッ」とかいう小さな悲鳴と共に道を開けられたくらいだ。
長くここに居座るつもりもないからまだいいけど、後で少し弁解しておかなければならないようだ。決して私は鬼のようなキャラではないのだぞ!そんな印象ついちゃったら泣いちゃうんだぞ!

我ながらちっとも可愛くないキャラ演出でにこりと笑みつつその場を駆け抜けるが、どうしてだか相手はより一層身を硬くしたように思えた。何だ、私の顔に何かついてるとでも言うのだろうか。



「…っていうかあの男は一体どこにいるんだろう」



そして暫く走り回った私の頭には、新しい疑問が湧き上がり始めていた。それは上記の通り男の居場所についてである。
いくら地図を覚えたからと言って、一人ひとりがどこにいるかなど分かるはずもない。それに特別あの男の部屋なども聞かなかったものだから(というか聞きたくなかった)、ただでさえ適当に描かれた私の脳内地図は彼の居場所を弾き出さない。

まずいなこれは。走り回っても意味がないとなると、次は船内の電話の場所を知らなければならないぞ。
たらりと流れる汗が冷えていくのを感じ次の角を曲がる。本当に広いなと思いつつスピードも緩めずにいたのだが、そこに予期せずぬっと飛び出す陰があって。



「おりゃー」

「だふっ!?」



軽快な掛け声で飛び込んできた人影は、何故だか私に渾身の飛び蹴りを食らわせて来た。そのままスピードを殺し切れなかった私は自らその攻撃を出迎える体勢となり、相乗効果で威力が倍増した蹴りを甘んじて顔面に受けてしまう。



「痛ァァァァ!!!」



蹴られ様受身を取れるような反射神経も持ち合わせない一般市民である私は、妙な叫び声を上げ後方へ倒れ込む。そのまま廊下を転げ回るようにしてのたうち回っていると、頭上から爽やかと言うに相応しい声が投げかけられた。



「あははは無様だー」

「蹴った張本人が笑うな!」



私と違い軽い身のこなしできちんと着地したらしいその人は、こちらを指差してそれはそれはおかしそうに笑っている。
廊下の奥から溢れる日光を背に立てば珍しい桃色の髪が光に溶ける。見ているだけなら一瞬神々しいとさえ感じてしまうその出で立ちは、きっとこんな状況じゃなければときめいた以外の何者でもなかっただろう。



「朝からドタバタ暴れ回らないでよ。体重で船壊す気?」

「そんな簡単に壊れるのかこの船は!一応戦艦なんでしょーが!」



起き上がりつつ言ってやれば、“かむい”はきょとんとした顔つきをしてみせる。



「あれ、俺そんなことなんて教えたっけ?」

「…そんなことどころかこっちは色々と情報不足なんですが」



取り合えず目を眇めて睨み付けてやるが、案の定そよ風程度の効果もなかったらしい。ふうんと興味なさげに三つ編みをいじる手は、女の私がびっくりするぐらいに白く透き通っていた。






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