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□喜劇
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「あ、阿伏兎さん!」



以前私を助けてくれた人、通称「ヒゲさん」。失礼ながら先日知ったそのご本名は「阿伏兎」さんというらしい。

草臥れたブーツの踵を鳴らし近寄ってくるその人に、強面の天人はすっと刀を降ろす。私が胸を撫で下ろすと同時にぐっと腕が引かれ、気づけば牽引されるようにして引っ張られることとなってしまった。



「一応今回は黙っといてやるが…二度目はねェ。肝に命じとけ」

「…は、はっ」



捨て台詞のように履き捨てて、阿伏兎さんはその場を後にする。引っ張られるままに私も小走りになるが、背後で伏せられた顔が私に好意を持ったとは思えなかった。
息苦しい。首につけられた首輪も相俟って、この所私はそればかりを考えるようになっていた。





「…はあ、お前さんも大変だねェ」



暫く歩いた所で阿伏兎さんが溜息を点いた。「ありがとうございます」小さくお礼を言えばぽんぽんと頭に乗せられる手。大きいなあ…“かむい”のそれと比べても、ずっと彼の掌のほうが大きい。
じっとそれを見つめていたら、気づいたのか罰が悪そうに阿伏兎さんが手を引っ込めた。どうしてこの人が“かむい”なんかの下についてるんだろう。



「…じゃあ阿伏兎さんから言って下さいよ。私は帰りたいんです」

「俺が言って開放してくれるような人じゃねェだろ団長は」



再び吐かれた溜息は先程のものよりも深く空間に落とされた。
窓の外は既に薄暗くなっている。そろそろ夜が始まるのかもしれない。



「…最近、ちょっと分からなくなってるんです」



ぽつり、窓を見つめながら言えば阿伏兎さんが「は?」とでも言いたげに顔を上げた。ガラス越しに視線が合う。



「正直私はあの人が凄く怖いです。ていうか、ここにいる人皆が怖い」

「あー…そりゃねェ」



再三言うようだが私はまだ疑いが晴れた分けではない「異端分子」。そうなればどこにいたって排除されるのは当然であって、だけどこの場所にあってはその「当然」が微妙に覆されているから戸惑ってしまうのだ。



「何度死に掛けたか分からないし…さっきだって阿伏兎さんが来てくれなかったら多分死んでたし」

「うちは血気盛んな奴らが多いからな。気をつけろっつーのも変な話かもしれねェが」



困ったように頭を掻く、これは最近知った阿伏兎さんの癖の一つ。こうして話しているだけなら、天人も人間も変わらない気がするのになあ。



「…阿伏兎さん」

「ん?」

「何であの人は、いつもにこにこ笑うんですか」



聞いたら、阿伏兎さんが少し目を丸めて私を見た。

だっておかしい。笑顔で暴力を振るう癖に、同じ顔のまま私を傍に置いてみせたがる。
優しく頭を撫でてみたり、だけど次の瞬間には内臓飛び出るってくらいの攻撃が飛んで来たり。



「気まぐれにも程があります…私、あの人が本当に分からない」

「………」



どうして私を傍に置こうとするのか。どうして振りかざしたその手のまま、私に微笑みかけて見せるのか。



「…団長は、そういう人なんだよ。普通を求めたって無駄な話だ。あの人や俺は…恐らくアンタたち人間とは相容れない」

「………」



ちらりと横目で阿伏兎さんを見上げれば、少し遠くを見るような目で窓を見つめていた。無精髭の横顔は、それを寂しいとも悲しいとも思っていなさそうだ。本当に当然と感じているのかもしれない。



「それを知っていて…何で私を殺さないんですか」

「………」

「何でご飯をくれるんですか。本気でペットとか言ってるんですか」

「…それは」



苦しい。怖くて震え上がる気持ちは何も変わらないのに、時々与えられる優しさにどうしても揺れてしまう。
綺麗な笑顔で微笑まれたら、どうしたって絆されてしまう。アイツは私と、“違う”生き物なのに。






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