jam

□喜劇
1ページ/4ページ




――がしゃり。首元で揺れる赤は彼の笑顔が冗談ではないことを物語っていた。



「あ、やっぱりこの色にして良かった。よく似合ってるよ」

「……………ドウモ」



満面の笑みで私の首に大型犬用の首輪を装着しながらそいつは実に楽しそうに言ってのけた。せめてもの抵抗と精一杯沈黙を続けてみたのだが、笑顔の圧力により完敗。仕方なしに発されたお礼は見事なまでに片言だった。

首輪。聞けば聞くほどマニアックというか、どこか卑猥なイメージが浮かぶかもしれないが、実際のところそんなに可愛らしいものではない。
どこから見つけてきたのか漫画に出てくる猛犬がつけていそうな、銀色のトゲトゲがついたこの首輪。実の所つけている私自身にも限りないダメージがあるのが最大の欠点である。てゆうか何より重いし恥ずかしい。



「よし、じゃあ首輪もつけたし散歩に行こうか」

「え゙」



しかしこのご主人様とやらは私の意志など汲んでもくれない。分かってはいたことであるが、まさか本当にやるのかそれ。
嬉しそうに手綱…っていうかかなり本格的な鎖を手にする“かむい”。涙混じりにその顔を見上げたところで許されるわけもなく、こうして私は彼の自室から人がうろつく廊下へと「お散歩」しなければならなくなってのである。

余談だが彼の部屋は予想を裏切ってきちんと片付けられていた。というよりも生活感がないというか、物がないと言った方がいいかもしれない。
背後で閉まるドアの音を聞きながらそっと覗き込んだ室内は、照明が落とされまるで死んだものであるかの如く息を潜めているような気がした。


ぼけっとしている私の首を思い切り引くその人に付き従うこと数分。ただっ広いと思っていた船内であったが船員の情報網とやらは侮れない。
よくは聞いていないがこの場所において物凄い権力を有しているらしい“かむい”は、まるで見せびらかすように船内を練り歩いたのだ。そんなわけで私の存在及び役割が船員に知れるのは光の速さを凌駕してのことで、ざわざわと天人ひしめく廊下を私はなるべく顔を隠して歩かねばならなくなった。
ド畜生、何だって私がこんな目に…!

唇を噛んで絶対に泣くもんかと我慢を続け、漸く“かむい”の自室へと戻ってきた。
ただ歩いていただけだというのにこの疲労感は一体何だ。扉が閉まると同時にへたり込んだ私を見るや、“かむい”はさもおかしそうに笑った。そしてそのついでに思いっきり顔を蹴り上げた。



「痛いんですけど!」

「うん。だって蹴ったしね」



ボケっとしてるのが悪いんだよ。にこりと笑っていうものだからどこかそんな気がしてしまう。(いやでも私は悪くないけど)
この人の笑顔はどこかそんな力があるように思うのだ。何ていうか、にこってするだけで相手を屈服させてしまいそうな。

それが“かむい”の持つ権力だとかそれ以外の力によるものなのかはよく分からないけど、兎に角私はこの場所にあって物凄く不自然な存在であることだけは痛感していた。
でなきゃあんな好奇の視線で見られるはずもないだろう。…この首輪のことは置いておくにしても。






次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ