jam

□喜劇
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「何だかご機嫌だね」



そんなある日、“かむい”が食事の席でそう呟いた。
因みに席とか言いながらも私に机や椅子は与えられていない。優雅に大きなテーブルで食事をする“かむい”の足元ら辺、地べたに食膳を置きもそもそやるその場所こそが私の特等席となっているのである。

発された言葉に思わずすすっていた味噌汁(のような液状の食物)から顔を上げる。見上げれば“かむい”は一体その細い体のどこにどんな圧縮率で入っていくんだというような量の食料を半分以上平らげており、今は山と積まれていた肉まんの一つをむしゃむしゃと頬張っている所だった。



「…そう、ですか?」



数週間ですっかり定着してしまった敬語のまま、私はそっと頬を抓る。そんなつもりはないんだけどなあ、やっぱり嬉しいのって外に出ちゃうもんな。言いつつ再びトロイさんの顔を思い出せば、ふにゃりと蕩けるように頬が緩む。
しかし痛いくらいの視線を感じはっと我に返れば、“かむい”がまるで見下すような無表情な視線で私のことを凝視していて。



「…あ、あのすすすいません!別に思い出し笑いなんてしてないから!」



慌てて謝ると今度はきょとんとするその人物。チャイナ服のようなだぼっとしたデザインのパンツを纏う脚を優雅に組み直しながら、指についた肉まんの具をぺろりと舐め取ってる。



「何で謝るの?」

「…え?」

「別に怒ってないよ。ただ機嫌良さそうだねって言っただけ」



てっきり不機嫌から発された言葉かと思ったので拍子抜けした。また殴る蹴るの暴力かと身構えていたため、あからさまにほっと溜息を吐く。



「ああでも、何かそう言われたら蹴りたくなって来ちゃったな。ちょっとこっちおいで」

「ええええ!いいい嫌だ!」



が、そこはお得意の気分屋発言だ。突然返された掌に私がさっと青褪めるも構わずに「あっはは」なんて笑いながらがしりと肩を掴まれる。逃げる暇すら与えてくれないその人の理不尽さは、出会った頃から一向に変わる様子はないようで。

――ガシャーン!
今日も今日とて派手な音を立てて食膳が引っ繰り返された。ああ、まだちょっとしか手をつけてなかったのに。残飯とまでは行かなくとも“かむい”のそれと比べたら貧相な私の食事は、こうして破壊されていくのである。
長いお御脚を振り上げ満足そうに笑う“かむい”。…やっぱりこんな奴大嫌いだ。



ちっとも穏やかではない食事を終え、「ちょっと阿伏兎にちょっかい出して来るよ」と去っていった“かむい”。決して帰っていいとは言われてないのだけど、その辺拡大解釈してやってないととても身がもたない。そんなわけで私は一も二もなく“かむい”の自室を飛び出して来たのである。…因みに後々の制裁が怖いとか、そんなことを考えていたらここでの自由なんてないに等しい。

たかたかと薄暗い廊下を走れば、食後のためか皆がそれぞれ部屋や持ち場に戻っているようで然程の人気は見られなかった。お陰で日常茶飯事となっている「ようようお嬢ちゃんちょっといいかい」というご指名タイムにも遭遇せず、私は自室付近まで戻ることが出来たのだが。



「ん?」



角を曲がろうとした瞬間、廊下の突き当たりに人影が見えたような気がした。普段ならそんなもの微塵も気を留めずに過ぎ去る所だが、その影はやたらと見覚えのある色をしていて。



「…トロイさん?」



恐る恐る声をかければ、こちら側に背を向けていたその人は気づいたかのようにそっと振り返った。陰になっているせいで顔がよく見えないが恐らく反応した所をみるとトロイさん本人なのだろう。
嬉しくなって思わず駆け寄ろうと方向転換する私に、やはりトロイさんだったその人影は「今晩は」と優しげな声をかけた。

――のだが。



「っ」



何でなんて、理由は分からなかったけれど。ほとんど本能的とも言える反射速度で私の足は止まってしまったのだ。
不自然な距離感に疑問符を浮かべるトロイさん。「どうしたんです?」柔らかな声音にさえ、何故か冷や汗がぶわりと溢れ出すのを感じる。



「…い、え…何でも」



コツコツと靴を鳴らして近づくトロイさんに、ドクドクと心臓がうるさく鳴いている。

しかしそれも一瞬のことで、ふっと解かれた緊迫に私はドッと疲労が降りかかったような感覚に陥る。途端止まっていた時間が動き出したようにも感じ、私は噴出した汗を拭いながらえへへと笑ってみせた。



「大丈夫ですか?もしかして団長にまた何か?」






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