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□喜劇
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「………ッ!」



ぐっさりと胸部を抉り突き刺さる傘。どれ程の威力で技が繰り出されれば人一人の体を貫通させることが出来るのだろう。
小さく悲鳴を上げた口を押さえるように手を宛がえば、先程以上にそれが震えているのが分かった。赤い血飛沫がボタボタと滴る。脳髄を駆け上がる震えは、恐らく恐怖によるものだ。



「何だ、もう終わり?口ほどにもないなあ」

「グああァ…ッ!!」



神威がぐるりと腕を回せば「トロイさん」が悶絶するような声を上げた。見開かれた目は白く濁り、口からは止め処なく涎が垂れている。人としての姿を無くしたその人の喉は、今にも消えそうな蠕鳴を奏でていた。



「…い、いた、イ…!やめテ、くレぇぇ…ッ!」

「痛い?こんだけ殺しといてよく言うよ」



濁った目から淀んだ色の涙を流す「トロイさん」に、しかし神威は笑みを返す。口元に強いた緩い三日月は、その上で冴え冴えと光る青い双眸を一層冷たく誇張していた。



「言っただろ、弱かったら殺すぞって」

「…う、グ…」

「弱い奴には用はないんだよ」



――ゴキ…ッ!
一際鈍い音がして、神威の傘が「トロイさん」の胸に突き刺さる。開かれた目は限界というほまで見開かれ、決して綺麗とは言えない雫が後から後から血に塗れた頬を伝っては落ちる。



「ご、ごメんなさイ…ゴメんなサい…!」

「………」

「タノ、む、かラ…!」



殺さないで。落ち窪んだ瞳に涙を溜めて、ぜえぜえという喘ぎの中で「トロイさん」は言った。
どうかと追い縋る腕が傘を伝って伸ばされる。その先には、まるで天使の如く微笑む青年。



「…や、やめてっ!」



気づいたら叫んでいた。ふっと一瞬翳った神威の表情に、私は戦慄のようなものを覚えたのだ。



「おいアンタ…」

「ご、ごめんなさいって言ってるじゃない!何も殺すことはないんじゃないの!?」



阿伏兎さんの言葉も遮って訴える。その度にじわじわと血液が溢れたけれど、失われそうな命を前にしてそんなことは言っていられない。



「…何で?」



と、私の言葉に意識を傾けたのか、神威がこちらを向かずに言う。



「アンタ殺されそうになってたんだろ?なのにやめろだなんてどういう了見だい?」



最もな言葉にぐっと押し黙る。けれど呆然と見開かれた淀む瞳が、ほんの数十分前までは優しい光が湛えられていたその眼差しがこちらに向けられ、私は固く拳を握った。



「了見とか関係ない!私の気はもう十分晴れたから!だから「だから…何?」



しかし言葉の途中、まるで水を浴びせられるかのように冷たい言葉が投げかけられる。まるでそれだけで人を凍りつかせる力を持っているようなその音調に、私はびくりと身を硬くした。氷のように青く澄んだ瞳が私を捉えたのだ。



「アンタはどうだか知らないけど、俺の気はまだ済んじゃいないんだよ。知らないだろうから教えてあげるけど、コイツはもう既に何人も食い殺してる…言わば常習犯なんだよ」

「…そ、そんなこと言ったって…」



神威の言葉に足が震えた。けれど優しいあの面影をどうしても思い出してしまうのだ。いつからそんな風になってしまったのか、初めから人を食らうつもりでいたのかは分からないけど、私を手当てしてくれたあの温かい手が嘘だったとはとても思えない。



「こ、更正することだってあるかもしんないじゃない!」

「アンタ本当にどこまで馬鹿なの?常習犯って言ってるだろ。人を食う習性のある種族なんだよ、止められるわけがない」

「………ッ」



そんなこと、言われたって。
私にとってこんなのは非現実的なものでしかない。宇宙広しと言えども地球でしか暮らしたことはないんだから、そんな種族がいるなんて知りもしなかった。
それは無知だよ、と神威は笑う。けれどその無知で助かる人がいるなら、きっと誰だって手を差し伸べるのではないだろうか。



「…それだって、見捨てるわけにはいかない!」



張り裂けるような気持ちで言えば、神威の視線が少しだけ揺らいだ…気がした。
ふうっと吐き出される溜息は重い。ドキドキと逸る心臓を押さえることすら出来ないままに立ち尽くしていると、すっと天井を仰いでみせ。



「…分かんないなァ。これだから弱い奴は嫌いなんだ」






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