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□喜劇
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――ッガァァァン…!!
目にも留まらぬ速さですっ飛んできた人影は、その一撃で私に覆い被さっていたトロイさんを思い切り突き飛ばした。因みに当然加減なんて考えちゃくれないから私の体も容赦なく地面に叩きつけられる。粉砕した長椅子の破片が背中に刺さって痛い。

何とか身を起こそうと肩肘を突いたら物凄い痛みが首筋に走った。そっと手をやればぬるりという不快な感触。
ああ、噛み付かれたんだっけ。そんなことを考える思考は目覚めた瞬間よりもぼんやりしていて、自分が血を流しすぎたのだということに気づかされる。

一方私が蹲るその向こう側では熾烈な攻防戦が繰り広げられていた。…と言っても常人の私の目がその光景を映し出すことはなく、ただ巻き起こる砂埃だとか何かが破壊される轟音だとか、そういうものばかりがその激しさを伝えている。
どっちが優勢なのか、この状況じゃ分かりもしない。

飛んでくる壁やら何やらの破片による二次災害が恐ろしいので私は匍匐前進の要領で部屋の隅へと移動した。既に吹っ飛ばされ済みのドアの欠片がそこら中に散乱していて避けるのも一苦労だ。
首筋を押さえずりずりと壁際に向かって這って行けば、目の前にすっと立ちはだかる人影。のろのろとそのシルエットを辿るようにして目線を上げれば、逆行の中疲れた顔をした阿伏兎さんが手を差し伸べていた。



「あ…ぶと、さ」

「また派手にやられたねェ」



止め処なく噴出す血を見てか、泣きっ面の私の酷い顔を見てか阿伏兎さん苦笑を漏らす。一人では立ち上がることも出来ない私をすっと抱え上げると、体重などないかのようにすっと身軽に移動して見せた。



「応急処置は…した方がいいのかねェ?」



そうして私を壁際に座らせると、どうしたもんかと言う表情で頬を掻く。
どうやらまず「応急処置」という言葉に慣れていないらしい。聞けば彼らは私たち人間なんかよりもずっと頑丈な造りをしているものだから、未だかつてそう言ったものには縁がなかったということのようで。



「じゃあ…お願いできますか?」



動きうる限りの表情筋を総動員してにこりと笑えば、「りょーかい」と間延びした返事が返された。
鍵のかけられた重い首輪を退け、纏っていたマントを破ってぐるぐると首に巻きつけるだけの「応急処置」。不器用な手つきで端っこを団子結びにした阿伏兎さんは、どうよと言いたげに視線を向けて来る。ので、「ありがとうございます」と出来るだけの笑顔で謝礼を述べておいた。

さて、私たちがそんなことを行っているとは思えないような事態が、しかし全く同じ空間では繰り広げられていた。
ドカァンと、何度目になるか分からない爆発音が部屋を揺るがす。思わず壁にしがみ付いたらそれだけの力でみしりとヒビが入ったのだから驚きである。



「おーい団長、ちょっとやり過ぎじゃねェか!」



そんな中、少し額に冷や汗を滴らせながら阿伏兎さんが叫ぶ。その先には人影などほとんど見えず、ドッカンバキバキと物騒な物音と砂煙だけが舞い上がっているのだが。



「…どうやら聞こえてねェみてェだな」



経験者は語るということで、阿伏兎さんはそうして言葉尻に溜息を漏らした。

眼前に繰り広げられる惨劇に私はただ呆然とするばかりだ。現実離れした現実にふらりとつい意識が持っていかれそうになるのだが、皮肉にも首の痛みがどうにか私を繋ぎとめている。
濃色の布の色を更に落とすべくじわじわと滲み出す血液を押さえつけながら、非力な私はただぼんやりとその光景を眺めるしかない。



「あはははは!もっと抵抗しなよ!」



一方渦中では、止まない轟音の中で青年がさもおかしそうにそんな笑いを零していた。頬には飛沫した血痕、濃灰色の服にも返り血が吹きかかりどんよりと暗色を呈している。
対する「トロイさん」は最早人の姿をなしておらず、黒目がなくなりどろりと濁った白目だけで神威を見上げては甲高い泣き声を上げていた。



「…ジャ、まヲ、すルな!」

「邪魔なのはお互い様だよ。一体何人食べたってわけ?見上げた食欲に恐れ入るよ」



自分のことは棚上げで、相手の食事情をころころと笑う神威。まるで恐怖心や疲労といったものを表に出さない笑顔は、聞けば彼の流儀なんだとか。「最期に見るのは笑顔がいいだろうから」なんてお綺麗な主張を掲げる彼は、しかしその一方で決して自らが敗北するとは思っていないふてぶてしさも持っている。

――ガシャァァァン!!!また一つ何かが割れ砕けるような音がして、それからぴたりと音が止んだ。
降りかかる破片から身を守っていた腕をどかし、恐る恐る見上げる視界。次第に晴れる景色にあの桃色を探せば、ふっと吹き込んだ風に流れた砂煙の中ににこにこと笑うその人を見た。



「…あ」



思わずほっと溜息が漏れた。が、次の瞬間私の喉は引き攣れたような悲鳴を上げることになる。



「…ぐ…ァ…」



神威が突き出した腕には例の傘が握られており、その先は深々と壁に突き刺さっている。そしてその間には、「トロイさん」の体があって。






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