jam

□喜劇
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――バタン!背後で扉の開く大きな音がして、私の意識はほんの一瞬浮上した。
しかしきちんと聴覚が脳にその情報を伝えるよりも早く右半身に強い痛みを感じる。どうやら大口を開けた真っ暗な部屋に、私は手足を拘束されたまま放り込まれたらしい。



「…すまねェな」



廊下から漏れ入る光。その中で唯一大きな影となって視界に黒く映るその人――私をここまで連れて来たらしい阿伏兎さん――が小さく呟いた。



「アンタは被害者だから、恨むなとは言わねェ。だけど俺はあの人に逆らうことは出来ないらしいからな」



言って、自嘲気味に笑うと阿伏兎さんは少し視線を逸らした。何もない虚空を青い瞳が見つめている。それに倣って私ものろのろと視線を動かしたが、結局そこには闇が広がるばかりで何を見ることも出来なかった。



「失血でしばらくは動けねェぜ。…まあ、それが幸か不幸かはお前さん次第だろうけどな」



大した反応など出来ない私に言葉をいくつか投げかけて少しだけ口角を上げる。皮肉めいたものではない、もしかしたらこれがこの人の“笑顔”なのだろうか。
そんなことを働かない頭でぼんやりと考えていたらすっと大きな影が視界から引いた。数歩後退した阿伏兎さんが見えなくなると、すぐに漆黒の闇が訪れる。入った時と全く同じ音で泣き声を上げて、重々しい鉄製の扉は私の視界を遮ったのだ。




――私を殺して。
死を目の当たりにして生まれて初めて絶望と言うものを知った。きっと第三者だったら「何を弱いことを」と吐き捨てたかもしれない、けれど“生きている”私にリアルに肌に触れた“死”は想像以上にショックなものであって。

いつか阿伏兎さんが言っていた、「団長の傍には地獄しかない」と。それを漸く理解できた瞬間、しかし私に光は見えなくなっていた。
あの美しい桃色がとてつもない脅威に思えて、私は自ら解放を望んだのだ。それが例え、死罪という思い刑罰に繋がろうとも。

私の言葉に神威はちゃんと頷いて、それでも表情に欠片の動揺も見せずに銃口を向けたはずだった。前兆なく引き金が引かれ、短い私の人生はこれにて幕引き。凡庸だったはずのそれはこの数週間で劇的な変化に見舞われ、翻弄されるうちに終幕を迎えてしまったらしい。
これも人生と諦められるほど達観してはいない。けれどこれから先、今まで通りに生きていけるほど強い人間でもなかった。

どうかあまり苦しまずに死ねますように。
手を下す張本人に言っても意味がなさそうだったので、いるかも分からない神様にそれだけを祈った。瞬間的に親とか友達とか職場の人とか、いわゆる“愛する人”とやらの顔がビデオを再生するように脳裏に浮かんだ。噂に聞く走馬灯とはちょっと違うような気もしたが、最期の瞬間だけは人並みに迎えられるといい。

閉じた瞼には薄ら涙が滲んでいた。だけどこの男の前でこれ以上泣いてなんかやらないんだから。
最後の意地で歯を食いしばる。数秒だったのか数分だったのか…実際には大した時間ではなかったのかもしれないが、私には永遠にも思える静寂が通り過ぎようとしていた。

――ジャコン、
構えられる銃器。今頃引き金に指がかかっているのだろう。さあ、最後くらい綺麗に幕を引かせてよ。

刹那、劈くような銃声が鼓膜を揺さぶった。ズドドドと雨のように降り注ぐ攻撃。
一発では楽にさせてくれないことで湧き上がる恐怖を抑えぎゅっと瞼に力を入れると、チュインと小さく音を立てて銃弾の一つが頬を掠めた。



「………ッ」



痛い。声を上げることすら出来ずに、しかし再び沈黙が室内を覆った。
恐る恐る目を開ければ、神威はやはりこちらに銃口を向けていて。



「…何してるの?悪趣味なのは分かったから、早く殺して「やーめた」



搾り出すように言った私の声を掻き消すかの如くその人は言った。が、言葉の意味が分からない。思わず「は?」とか間抜けな声を上げてしまう私を他所に、神威は構えていた傘を降ろしてすたすたと部屋を去ろうとしている。



「ちょ、ちょっと待ってよ!やめたってどういうこと!?」

「どーもこーもないよ。そのまんまの意味」



にっこりと変わらない笑みを浮かべ、肩越しに振り返り神威は言う。呆然とする私に「だって無抵抗な獲物殺してもつまんないんだもん」と拗ねたような言葉を投げつけ、そうして阿伏兎さんに一言二言命令を下すと再び振り返ってこう言った。



「どうせ最後だってなら、もう少し俺を楽しませてからにしてよ」

「…な、何言って…!」

「望み通りになんかしてやんないよ。俺、誰であろうと命令されるの大嫌いなんだよね」



場違いに明るい声でそれだけ言うと、神威は少しだけ目を開けた。薄目にも青が煌くのが分かる。ドキリと跳ねた心臓は、恐らく視線に射止められたせいだ。



「…精々足掻きなよ」



発された言葉は冷たく、私は氷を丸呑みさせられた気分だった。羞恥と恐怖と怒りと、そんな色々なものがまぜこぜになり赤らむ頬を隠しもせず服の裾を握れば引き攣った首の傷がズキリと痛んだ。
こうして私は敢え無く拘束され、挙句監禁状態に放り込まれたのである。

あの気まぐれで傍若無人な“ご主人様”とやらは、どうしたって私に自由をくれはしないらしい。







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